本当にあったリアルな怖い話・恐怖の事件 ~現代の怪談~

なんだかんだで生きている人間が一番怖い・現代の怪談ともいえる本当にあった怖い話や恐怖の未解決事件です。

新興宗教の熱狂的な信者の残酷な猟奇的な異常殺人事件

犯罪の残虐化が叫ばれて久しい。警視庁の統計によれば、幼女連続殺人事件以降、金銭や怨恨を原因としない異常殺人が、年に5%のぺースで増え続けているという。
果たして、彼らは人の心を持たぬモンスターなのか、それとも余人には理解できぬ独自の理論で動いているのか。


代表的な7つの殺人事件を取り上げる。
87年2月、神奈川県藤沢市のアパートでマィナーなロックバンドのリーダー•茂木32才が惨殺体で発見された。犯人は、被害者の妻で元看護婦と、その従兄弟の鈴木である。


3人は、とある新興宗教の熱狂的な信者で『我々は、音楽でこの世をよくするよぅに神から送られてきた来た使いだ』との妄想を抱いていた。ヒマをみては茂木夫妻の家で悪魔を倒す方法を議論するのが常で、事件の直前は、ほぼ独自のヵルト宗教に近い状態が出来上がっていたといぅ。夫に悪魔が取り憑いていると主張し始めた頃にピークを迎える。


最初は懐疑的だった茂木も、やがて鈴木の説得に洗脳され『悪魔払い』に同意。
3人で茂木のアパートへ引きこもり、エクソシストの儀式を始めた。
当初、鈴木の考えた悪魔払いとは、茂木の全身に塩をすり込むというものだった。
が、儀式が進むぅちに『茂木の内臓に悪魔が乗り移っている』との妄想が生まれ、ついには『夫を殺して浄化しないとみな呪われる』と2 人で茂木を絞殺してしまう。

内臓の浼化は、殺害現場の6畳1間で行われた。まずシーツの上に、包丁、カッター、裁ちバ、サミを並べ、BGMとして生前に茂木が作った「救世の曲」をカセットで流す。次に、血臭を吸わぬよう防塵マスクをかけ、鈴木が包丁で茂木の腹部をタテに裂き、桃色の脂肪層をかきわけながら、胃、腸、心臓、肝臓を摘出。シーツに並べて粗塩でもみ洗いし、4センチ四方に切り刻んだ後で台所から捨てた。


胴体の処理は、美幸が担当した。裁ちバサミで関節を挟み、首、胴体、足の順に体重をかけてブツリ。6 つに分けたパーツは、やはり塩で清めてからビニール袋に放り込んだ。特に念を入れたのが、頭部の処理である。
アゴの舌に切れめを入れ、包丁で筋肉と骨の接着而肉を切り離しながら、マスクを脱がすょぅに皮をはぐ。最後に筋組織が剥き出しの頭から眼球をくり抜いてゴミ袋へ。ノコギリで頭骨を円周に沿って切り脳味噌を取り出した後で、中に塩をつめていく。
作業は3 日3晩にわたって続いた。


87年2月25日。連絡が途絶えた息子を案じた茂木の両親は、大家の協力で鈴木の部屋へ向かった。そこで彼らが見たものは「悪魔が…」と眩きながら、黙々と頭蓋骨の肉を取る鈴木の姿だった。
2人は裁判で精神障害を主張したが受け入れられず懲役14年、懲役13年が言い渡された。
02年3月に起きたこの事件は、歪んだ性癖が生み出した戦後屈指の大量殺戮である。主犯の松永40才は、筋金入りのサディストだった。少年時代から陰湿な弱い者イジメを繰り返し、弱い者を見つけれは男女を問わずに虐待をくわえる。特に電気ショックでいたぷるのが好きで、弱者に通電コードを当てて苦しめるのがお気に入りだった。
松永が初めて本格的に人を虐待したのは、95年2月、K会社で働くBさんと出会ったのがきっかけだった。B さんの気弱な物腰に嗜虐心を刺激された松永は、気の合う友人
を装い彼のマンションを訪問。

「コンピュー夕で競馬を当てる方法を教えてやろぅ」と二セの儲け話を出し、1 年をかけて少しずつ主従関係を築いた
96年2月、破産寸前となったBさんに、松永は「家賃を助け合おう」と持ちかけ、愛人の緒方(40才) と共にマンションへ転がり込む。虐待はやはり『通電』から始まった。「目つきが悪い」「メシをこぼした」などと難癖をつけては、B さんの腕に、電線が剥き出しのクリップを取り付け、電流を流すようになったのだ。抵抗もせず、黙って耐えるB さんの姿に松永の嗜虐心は燃え上がる。
Bさんがミスを犯すたび『しつけ』と称して毛にコショウや唐辛子を塗りたくり木製の檻に監禁。排尿と排便は備え付けのナィロン袋で済ますよう命令を下し後には垂れ流した小便や大便をムリヤリ食べさせる。
いつしか通電回数も100回以上を数えた。
すでにB さんの右手の中指と人差し指は火傷で癒着し、足の指などは溶けた肉の隙間から骨が見えるほどだった。それでもBさんが逃げなかったのは借金返済と虐待で心身が完全に衰弱し思考が凍り付いていたからだろぅ。
96年1月、ついにBさんが死ぬと、松永は愛人の緒方に命じて、遺体を浴槽でバラバラに切断。ぶつ切りのパーツをミキサーにかけ人肉ミンチを公衆便所に捨て去った。この後、松永の異常性はエスカレー卜していく。
01年7月。緒方の親族が借金に苦しんでいることを知った松永は、緒方の夫に「面倒をみてやる」と持ちかけ、一家6人を自分のマンションへ移住させた。
虐待は、すぐに始まった。手口は変わらず、定期的に『しつけ』の名目で通電行為を繰り返し、正常な思考能力を奪い去ったところで、自らの排便を食らわせる。
最初の被害者は、緒方の父親61才だった。
死因は、重度の通電にょる心停止。家族に向かい、松永は事も無げに言い放った。
「遺体を始末せにゃならん。手分けして解体せぇ」
松永の暴力に怯えた家族は、なんと、抵抗もせずにこの指示に従う。緒方と母親がノコギリで遺体をバラした後、妹が業務用の大鍋で肉のブロックを煮込んで骨を分離。ゼラチンと化した人肉は、ビスケットの缶に詰め込み、フェリーで周防灘沖に捨てた。


続く01年10月には夫の死で錯乱状態に陥った母親と妹のRさんを電気コードで絞殺。その2力月後、姪つ子のTさんを通電でショック死させると、その子供であるWちゃん(10才) とYくん4 才) の首を縛り殺した。死体の処分は、常に残った家族の役だった。6 人分の人肉を煮込んだ鍋からは、終始、腐った犬のような臭気が漂っていた。
02年3月。Bさんの娘が「父親との連絡が途絶えた」と警察に届け、松永と緒方は逮捕
された。