本当にあったリアルな怖い話・恐怖の事件 ~現代の怪談~

なんだかんだで生きている人間が一番怖い・現代の怪談ともいえる本当にあった怖い話や恐怖の未解決事件です。

あの立ち読みで人生が転落

新宿の小さな居酒屋で、一人で焼酎を煽る男性に出会った。良かったら一緒にどうかと酒を勧めるとすぐに意気投合し、取材に応えてくれることになった。
川瀬さん( 仮名39才) 。郊外のアパートで
一人暮らしをしながら、中華料理店でホールスタッフのバイトをしている。彼女はいない。
「人生の岐路ね。俺にはわかりやすいのがあるんだよ。あの日のことは一生後悔するだろうね。あれがなければこんなとこで飲んでなかったよ」
川瀬さんの実家は、祖父の代から続く老舗の時計屋で、近隣の市町村のお得意様を相手に堅い商売をしていた。
長男として生まれた彼にはまっすぐなレールが敷かれていた。大人になれば時計屋を継ぐ。未来は決まっていた。仕事を選べない人生はツマらなくもあったが、むしろ彼には安心感のほうが強かった。
東京の大学を卒業して地元に帰り、4 年で専務になった。会社の業務全般の管理者だ。
27才の若さで年収は1 千万。街に数台しかないポルシヱを購入し、ガレージには父親の
BMWや国産高級車も並んだ。
結婚してからも、店の営業が終わればほぼ毎日のように地元の歓楽街に繰り出し、クラ
ブを2 軒、3 軒とハシゴして回った。
まさに順風満帆。祖父が敷いたレールを歩く、このまま進めば脱輪などまず起こりえない人生のはずだった。
そんなある日、伯父が父親を訪ねてやってきた。ある山を買い取ってコンクリ業者に転
売すれば、ウン千万の金が転がり込んでくる。山の持ち主を納得させるための見せ金として2千万円の小切手を貸してくれないか。そんな用件だった。
しかし専務である川瀬さんがその内容を知るのは後になってからである。何故か。
前日の晩、彼はいつものように友人たちと
飲み屋をほっつき歩いていた。3 軒目を出たのが深夜2 時。そろそろ帰ろうかとタクシーを呼び止めようとした。そのとき友人の一人が言う。
「新しいキャバクラが出来たから行こうよ」
まだ気分は帰宅の方向でかたまっていた。早く寝て明日の業務に備えるつもりだった。
でもすぐにタクシーが捕まらなかったことで迷いが生じた。女の子の顔だけでも見に行こうかとスケベ心が芽生え、ついつい誘いに乗ってしまう。
入ってしまえばもう尻は上がらなかつた。結局、朝の5 時まで飲み続け、家に帰ってからも昼過ぎまで眠りこけることになる。
伯父がやってきたのはその日の午前中で、投資話は社長である父親にだけ打ち明けられ
た。息子はまだ寝てるから後で伝えておくと答えたようだ。2 千万円の小切手とはいえ、あくまで見せ金としてならと軽く考えたのだろう。
「俺がその場にいれば、コピーでも持たせただろうけどね。どうせ見せ金なんだから。本当に悔やまれるよ」

あの日、誘いを断って帰宅し、翌日ちゃんと店に出ていれば倒産は免れたはずだったのだ。
が、ともかく店はつぶれた。正確には2 度目の不渡りが出る数時間前、銀行からの資金回収が始まることを見越して彼は東京の友人宅へ身を隠した。妻とも離婚して。
住民票も移さずに就ける仕事など限られている。新聞販売所、パチンコ屋など、住み込
み可能な職を転々とし、現在の中華料理店スタッフに至つている。もちろん今も寮住まいだ。
「もしキャバクラに行かなかったら、もっとドラマチックに言えば、もしあのときタクシーがすぐ捕まつてたら違う人生になつてたんだろね。そうだなぁ、不況でいくらか収入は減っただろうけど、家ぐらいは建ててただろうね。子供は3 人ぐらいにしとこか。いや、セックスレスだったからいないかもね」

車内で取材を依頼し快諾をもらった、都内のタクシー会社に勤務する小谷さん(仮名)にファミレスで話を聞いた。
彼は現状に大きな不満を抱えているようで、
「毎日むしゃくしゃすることばっかりだよ」
と吐き捨てる。同年代の連中は、結婚して家庭を持ち、会社では部下を率いてバリバリと働いている。
なのに自分は独身のボロアパート住まい。この差はなんだというのだ。
「どうしてこうなったかを考えると、やっぱりあの立ち読みだったってことになるのかな。うん、そうだね。あれは買わなかった。立ち読みだったね」
平凡な家庭に生まれ、平凡な青春時代を歩んだ彼は、平均よりちょっとだけ上の大学を卒業してサラリーマンになった。プラスチック容器成形メーカーの営業職。この職種もまた平凡を好む彼らしい。
波風と無縁の人生は、社会人になってからも変わらなかった。人並みの給料をもらい、
「ひいき目に見れば70点ぐらいかな」の彼女を作つた。
サラリーマン生活に暗雲が立ちこめたのは入社9 年目、営業部隊の中堅どころとして活躍していたころだつた。大阪本社からやつてきた営業部長とソリが合わず、急に仕事がツマらなくなつたのだ。
以来、「辞職」のことばが毎日頭にチラついた。なかなか踏ん切りがつかなつたのは、彼女の存在があつたからだ。そのころ、2 人の間でたびたび結婚話が持ち上がつていただけに、安易に仕事は辞められない。転職しょぅにも、いま以上の仕事に就ける保証はなかった。
あれがなければ、会社に残ったと思います。

もやもやとした日々を送つていたある日、自宅近くの本屋に立ち寄つた。目的の漫画を手に取つて雑誌コーナーを通つたとき、平積みされた雑誌にふと目がいつた。なぜ立ち読みする気になつたのかは今となつては思い出せない。
何気なくページをめくつたところで、ある一文が目に飛び込んだ。『イヤな会社にしがみつく必要などない』
そんな内容だった。どこの誰の意見かもょくわからない。でも心にすとんと落ちた。辞職を決意した。もしこのとき別の雑誌を読んでいればS社にしがみつけ!の一文があったのかもしれない。ならば彼は辞めていなかっただろう
「う一ん、そういうことではないでしょうね。やっぱり辞めたかったから、背中を押してもらって決心できたんでしよう。でもあれがなければ、うじうじしながら会社に残ったと思います」
転職先も決めぬまま辞表をたたきつけた彼に、恋人は愛想を尽かし、やがて去っていった。しばらく貯金を食いつぶした末、選んだ仕事は広告代理店の営業だった。しかし扱うのは風俗や金融の広告ばかり、社内の雰囲気もヤクザチックなのですぐに辞めた。
次の会社も、横暴なワンマン社長の仕打ちに耐えられず、半年ともたなかった。
第一線の営業マンだったはずなのに、だんだん人間嫌いになっていた。
33才、いよいよ後がなくなったころ、二種免許を取り、タクシーの運転手になった。
「月に12日働くんですけど、売り上げは会社と折半だから、1 日4万稼いでも48万の半分で24 万。そこからいろいろ引かれて18万とか。それも1 日4万稼いでの話ですからね」
確かに愚痴もこぼしたくなる数字だ。会社を辞めなければ、雑誌の記事など読まなけれ
ば、裕福な生活を送っていただろうに。しかし彼はそのことについては悔やみたくないと言う。
「会社に残って上司にイライラしてたら、もっと不幸なことがあったかもしれない。体を壊したり、精神がマイったり。だから、今の生活に不満はあるけど、後悔はしちゃいけないですょね。どうせ時間は巻き戻せないんですし」