本当にあったリアルな怖い話・恐怖の事件 ~現代の怪談~

なんだかんだで生きている人間が一番怖い・現代の怪談ともいえる本当にあった怖い話や恐怖の未解決事件です。

お母さんが出て行っちゃって失踪した理由

「お母さんが出て行っちゃって、キッチンが赤いペンキまみれなの」
1961年10月24日16時15分頃、ボストン郊外の米マサチューセッツ州リンカーンに住む少女リリアン・リッシュ(当時4歳)が、真向かいに住む主婦バーバラ・ベイカーにこう言った。
バーバラはこの日、リリアンの母ジョーン(同31歳)に頼まれ、リリアンと弟ディビッド(同3歳)を預かっていた。ジョーンの夫は当日の朝ニューヨークへ出張に行き、ジョーンはその後、車で娘を歯科医院に連れて行ったり買い物に出かけるなど忙せわしなく動いていた。

バーバラがジョーンを彼女の自宅の庭で最後に見たのが14時15分頃。その後、バーバラの子供が学校から帰宅したため、眠っていたディビッドだけを残し、15時40分頃、リリアンを帰した。

家にはてっきり母ジョーンがいるものと信じて疑わなかったバーバラにはリリアンの話の内容がまるでわからなかった。そこでジョーンの家を訪ね、初めてリリアンの言うとおり「キッチンが赤いペンキまみれ」であることに気づいた。
 

通報を受けた警察がジョーン宅を確認したところ、キッチンの壁と床に血痕があり、テーブルはひっくり返され、壁かけの電話の受話器は線が引きちぎられゴミ箱に捨てられていた。警察はジョーンが自殺を図ったものと考え宅内を捜索したものの彼女の姿はどこにもなかった。
その後、血痕はキッチンのみならず、主寝室や子供部屋、階段、外の敷地にも残っていることが判明。こうした現場の状況から、彼女が家に侵入してきた何者かに拉致された疑いが強まる。
 

しかし、近隣住民の目撃証言によって拉致の可能性は薄まる。バーバラが最後にジョーンを見た30分後の14時45分頃、当日ジョーンが着ていた服装と全く同じ恰好をした女性が、ハンカチーフを頭からかぶり州道を歩いている姿が目撃されていた。

また、15時15分から45分にかけて同じような服装をした女性が足から血を流しながら別の州道を歩き、その姿は16時30分頃にも確認されていた。

これらの証言は信憑性が高く、警察は目撃された女性がジョーン本人と断定。彼女が1
人で家を出ていった可能性もあると睨んだが、その後の行方は一切わからなかった。
ほどなく、町の公立図書館で類似事件を調べていた地元紙『フレンチ・ビューワー』の記者が興味深い事実を見つける。失踪1ヶ月前の9月、ジョーンが、別のある既婚女性
が失踪した事件を扱った本を借りていたことに気づいたのだ。

さらに今回の事件と同じように、大量の血痕を残して失踪した女性を紹介している本の貸出カードにジョーンの署名があること発見。この事実が記事になったことで、図書館のボランティア職員たちが記録をたどったところ、ジョーンは図書館の常連であり、
1961年の夏が終わるまでに25冊の本を借り、その多くが殺人か失踪事件に関するものだったことが判明する。

こうした状況から、ジョーンの失踪は自作自演、つまり、彼女は部屋を犯罪現場のように演出し、自らの意思で失踪したという疑惑が広まる。

しかし、家庭のあるごく平凡な主婦が、なぜそんな真似をしなければならないのか。警察はジョーンが何者かに危害を加えられた可能性も捨てきれないとして、夫であるマーティン・リッシュ、失踪当日、ジョーンの自宅を訪ねた郵便配達人、牛乳の宅配ドライバーを任意で取り調べたが、いずれも彼女の失踪時間にアリバイが成立した。
結局、捜査が進展を見せることはなかった。捜査員の1人はジョーンがさ迷い歩いているうちに建設中だった州道にあったピット(地下に設けた配管を通すための空間)に落ち、誰にも気づかれずに死亡したと唱えた。

また、夫マーティンは、妻が記憶喪失のような症状か精神的な衰弱を抱えていて、家に帰る方法がわからなくなったと主張。しかし彼女には精神疾患の既往歴はなく、家族にもそうした症状を持つ者はいなかった。
自殺、事故、失踪、誘拐、殺人事件の自作自演。ジョーンの消失には様々な憶測が流れ、現在に至るも答えは出ていない。