和歌山カレー事件を見てみると、あんなのは失敗して当たり前の見本みたいなもので、しょせん思い付きの短絡的犯行に過ぎない。今まではうまくいった、という理由と自信だけで、祭りのカレーに毒を入れてしまう単純さ。死傷者が多いから大事件として扱われている節があるが、思い付きの犯罪はどこまで行っても単なる思い付きなのだ。並の人が並愚に考えても、自宅の近くで大量殺人を犯せばバレて当たり前だと被告人にはそういう客観的な判断もできなかったらしい。この点をさも不可思議に考えるマスコミも多いが、理由は非常に単純。過去に警察のお世話になったことがないから、警察の捜査方法も体質も全くわかっていなかったのだ。日本の警察といっのは、捜査能力の点はさておき、とことんしつこい。事件が社会問題になれば、多少強引だろうと別件逮捕してしまうのは当たり前。もっとも逮捕状そのものは裁判所が発行する物なので、警察だけが強引だとは言わないが、何か悪いことをやろうと思っている人は、日本の司法とはそういうものだと考えておくべきなのである。ここのところを読み違えて「証拠さえなければ」なんて思ってると、強引に持っていかれるのがオチだ。マスコミ相手にはホラを吹けても、あいにぐ警察相手にはそんな手ロは通用しない。警察と検察が裁判で勝てると判断すれば、寝ていても起訴される。一般人相手の対応をそのまま警察相手に展開しても、絶対にそんなものは通用しないのである。
この点で、林被告が大きな勘違い、もしくは読み違いをしていたことはまちがいない。
林被告には過去における殺人未遂、及び保険金詐欺の成功例である。カレー事件さえ起こさなかったら、それが発覚することもなく、時の闇に消えていただろう。いわば犯罪の報酬としての保険金で飯を食っていたわけで、一種の職業として保険金詐欺が成立しえたというのも、怖ろしい話ではある。ただ、その内容自体は驚くに価しない陳腐なものだ。やたら注目された保険金詐欺の部分も元生命保険社員としての職業的知識の悪用にすぎない。また、第三者に法人名義で保険金をかけて殺してしまうという手法から、いかにも保険システムの裏をかいたようにも言われたが、それも、何度も同じ手口を使っているから、手口を巧妙化しなければいけなくなっただけのことだ。そんなことより、私にとって驚異だったのヒ素という知名度が高い毒物を使い保険金詐欺が成功したといっ点である。そもそもヒ素は誰にでも簡単に手に入るし、リスクの割に値段が高いと犯罪者の間では不評を買っていた毒物だ。毒劇物に関する知識のある人間ならば、ヒ素などというメジャーな毒物は使わず、もっとバレにくいものを使っていたはずである。例えばある種のウィルスの毒。これならマイクログラムの投与で、数時間後には確実にご臨終になるし、原因も食中毒で片付けられてしまう可能性が高い。他にも、日常的に数週間微量に投与するだけでガンになって死んでしまう発ガン物質、海外の諜報機関が暗殺に使ってるといわれるリシンとか、あげていけばきりがない。これらに比べたら、いまさらヒ素を使ったなんて、犯罪者としては幼稚ですらある。
ところでこの事件、保険金詐欺を狙っての犯行か、それとも地域の住民への恨みからの犯行かという動機の点で意見が分かれているが、そんなものは前者に決まっている。保険金詐欺という計画的かつ営利目的の犯行から、一転して近所の住民に激昂してのヤケクソ大量殺人なんで、ありえるわけがない。金目当ての犯行といつのは、感情ではなく、ただただ金への執着心で体が動くもので、金が手に入らないとわかった時点でカが抜けて終わり。そこから一転して、感情的に恨みを晴らすための犯行に及ぶなんてことは絶対にない。そもそも、計画的な犯行と激昂型の犯行とは、犯行を犯すまでの心理状態がまったく異なり、それを同じ犯罪だからと言って同列で考えるのはおかしいのだ。犯罪を犯すときの心理は、もちろん平常心のわけがなぐ、軽度の興奮状態にあると言っていい。五感が緊張し、目にする物や音には極度に勧感になる。時間がゆっくり流れているように感じ汗ばんでくる。自分が呼吸していることを意識するようになる。このプレッシャーで、根性のない犯罪者は犯行を止めでしまうことも多い。そこをイケイケでやってしまうのは、衝動的な殺人や暴行といった類のやっちゃった犯の場合のみ。普通の人間なら平然と罪を犯す者はいない。心の中で葛藤が生じるのである。
近いものの例であげるとすれば、バンジージャンプで飛び出すときの心境とでも言ったらいいのだろうか。あれの10倍ほどは緊張と興奮が入り乱れ100倍の勇気がいる。ここで、ちょっとでも嫌な空気を感じたらプ口の犯罪者はやめてしまう。人間には本能ともいうべき第六感があり、五感が緊張して脳味噌が覚醒していると、あまり血が通っていない脳細胞が動いてる感じになるのだ。まるで脳味噌の一部分しか動いていないのではないかと思えるほど犯罪実行中は、全てそこに集中する。そしていざ実行の考えが出て、最初の第一歩を踏み出せば、後は自動的に体が動くものだ。時間の流れがゆっくりと感じ、まるで映画でも見ているように現実の世界が展開していく。
もう１つ、犯罪には麻薬に近い快感が伴っものである。非常に低レベルの話だが、よく主婦がスリルを味わうために、もしくはストレス解消のために万引きするという話がある。それがいい例だ。どんな犯罪であれ、人間ならば、事が発覚したことが想像できれば、人間は誰だって緊張する。そして犯罪が成功した時点で、一気にその緊張から解き放たれる。緊張が解けると、体はふわっといい気分。成功感でハッピー大爆発になる。医学的にはどうだか知らないが、きっとこのときに脳は脳内麻薬で溢れているのだろう。そして、犯罪も１度手を染めてしまえば、1回やるも10回やるのも同じこと。犯罪が快感と変わるのに時間はかからない。
