極度な内向的性格のせいで、昔からよくいじめられた。
小6のとき上履きに犬のフンを仕込まれ、中学で毎朝不良たちに全裸の土下座、高校では登下校の電車内で同級生から集団リンチを受けた、そして現在。就職先でも、僕はストレス解消の道具にされていた。
「おーい、田中、弁当買ってこいよ。全員分な」
「今日はもう帰るから、1人で店番しとけよ」
4人の社員が、入れ替わりで僕をパシリに使う。中でもヒドいのが店長の山崎だ。
「おい、田中、汚れてんだけど」
いいがかりをつけては僕の横っツラを殴り、懇親会と称した飲み会では、一晩で10万の勘定を支払わせる。まさに地獄だ。それでも辞表を出さなかったのは、その店が、まともに面接すら受けさせてもらえない僕を雇ってくれた、唯一の勤め先だったからだ。「いつか復讐してやる」
僕は、毎晩心に誓うことしかできなかった。
悩みを解決してやるから万引きはチャラだ
ある夜のことだ、ー人でレジ番をしていると、見慣れぬ客が入ってきた。角刈り頭に派手な柄シャツ。その胸元からカラフルな彫り物がチラリ。
索性は明らかだ。思わず横目でうかがう僕の視線の先で、男は想像もしない行動に出た。棚からcDをーつかみあげ、ボストンバッグへ放り込んだのだ。
「ちょ、ちょっとお客様やめてください」
「なんだコラこのcDは・俺が別の店で買ったんだよ。文句あんのかー」
ヒー、怖いよー
「ぜ、全部録画されてますーテープを警察に持っていきますよ」
「なっ」
必死の思いでハッタリをかますと、これまた男は意外な行動に出る。
「すまんかったーそれだけは堪忍ー」
いや、そんな頭を下げられても、あの、その男は言った。
自分は、近所の小さな組事務所に籍を置く者だ、不景気のせいでロクなシノギが見つからず、ついセコい万引きに手を出した。組にバレれば破門か一厳罰は間違いない。どうか許してくれないか。
んー万引きを見逃せば、後で山崎にいたぶられるのは。この僕。どうすれば。
『わかったじゃ、何か困り一事はねえかっ」
「はっ」
「俺が悩みを解決してやる。それでチャラにしようや」
「何でも言いな(悪いようにはしねえから」」
「は、はい」
しばし考え、僕はもぞもぞと話し始めた。
「あの、実は、この店で同僚にいじめられてて」
「おっ、いいじゃねえか。そいつら何人だ?」」
「えっと、4人です」
「ボクサーはいんのかっ」
「いないと思いますけど」
「そっか。なら勝てる」
「本当ですかー」
「おう、お前の手でボコボコにしてやれ」
「えっ、僕がですかっ」
「アホ。自分で勝たなきゃ、またいじめられんぞ」
「ただ、4対1じゃ俺でも勝てねえ・まずはリーターを追い込んでやれ」
口は汚いが、なんだか頼りになりそうなオッサンである。賭けてみるか。
僕は言われるまま山崎の家へ向かった、ますはガレージの愛車に、ホームセンターで買ったベイント剥離剤をザバッ。鍵穴にゲル状のアロンアルファをギュッ。仕上げに、リアデフに巻いたチェーンを近くの電柱にくくりつける
いずれも、かつて対抗組織を追い込むのに使った手口らしい。果たして、山崎は日に日にやつれていった。夜通し車を見張ったのか眼球は赤く腫れ上がり、常にキョロキョロと落ち着きがない。実にいい気分だ。
「店長、大丈夫っすかあ。挙動不審っすよ」
「うるせえー黙ってろ」
社員間に険悪な空気が流れ始めたころ、小太りの男を連れて店に現れた。
「コイツ、舎弟の西ってんだ。貸してやんよ」
「あ、ケン力を手伝ってくれるんですか」
「バ力、ちげーよ?ヤツラをピビらすだけだ」
「へっどうやってっ」
「まあ聞け。ますお前がバイト中にな」
作戦会議はー時間続いた。
債権者をビビらせる定番のテクニック
「いりっしゃいませー」決行当日。予定通り、閉店問際の店内に安西が姿を見せた。七三の横分けに、黒ブチのメガネ。典型的なサラリーマンスタイルで、フラフラとCDコーナーへ。
なあ、アイツ
「見てたほうがイイッスね」
みなが異変に気付いたところで、安西がcD棚をつかみ勢いよく床に倒す。
〈グワッシャーン〉店中に響く破壊音。慌てて山崎が飛び出し、安西の背中を押す。
「テメエなにやってんだーちょっと来い」
裏口へ向かう2人の後を追い、声をかける。
「あれっ西クンじゃない。どうしたのっ」
「ああ、田中さん」
「あんっ知り合いかっ」
「は、はい・」
「ふーん。じゃ、ここで待ってろ。店を閉めてくる」
10分後。僕と西は、裏手の駐車場で4人に取り囲まれていた。
「まったくエラいことしてくれたね。どう責任を取ってくれんのっ」。
「すいませんーこれで許してやってください」
僕が唐突に大声を張り上げ、西の顔面にパンチを一発。
と同時に、小太りな体が真後ろにフッ飛んだ。
「ひいいいー一?許してくださああああい。もうしませんか。らあああー」
西が地面に頭をスリつけ叫ぶ。ひええっ、鼻血がダラダラ垂れてるよー。
思わずひるむ僕に、西がロパクで「続けろー」と合図を送る。えーい、ヤケじゃー。
土下座状態のワキ腹に口ーキックを連打。続けて胸ぐらをつかみあげ、顔と腹をめった打ちに。
「ぐほあああああ」
苦悶の表情で地面をのたうちまわり、口からドバドバと血のりを吐き出す西。迫真の演技だ
「お、おい、田中止めろ、コラー」
割って入る山崎に、スッと右足を差し出す西。すかさず前のめりに倒れたヤツに近づき、背中めがけてストンピングを繰り返す。
「うげっ、こいつらシャレにーなんねえぞ。ヤべ工って」
「か、帰ろうぜー」
残る3人がダッシュで逃げ出し、闘いはものの5分で終わった。★事件後、僕は店を辞めた。居辛くなったワケではない。初めての勝利で、自分に自信が付いたのだ。ちなみに、後で聞いた話では、いきなり仲間を張り倒すのは、ヤクザが債権者をビビらせる時に使う、定番のテクニックだったらしい。