本当にあったリアルな怖い話・恐怖の事件 ~現代の怪談~

なんだかんだで生きている人間が一番怖い・現代の怪談ともいえる本当にあった怖い話や恐怖の未解決事件です。

長男は障害を抱えて生まれ義父と義母が生まれたのは、私の血筋が悪いからだとせめてくる

ロビーで雑談していたマニア氏が向かったのは、地味な窃盗事件の法廷。
夏枯れで裁判数が少ない上、ロクなのが見あたらず、時間つぶしの傍聴である。
ぼくもくっついて入廷したのだが、この気楽さがよかった。何の期待もしな
いまま裁判を見るうちに、どんどん感情移入し、気がつけばカラダを前のめりにしながら集中してしまったのである。

事件は単純だ。これまで何度も窃盗などの小犯罪でつかまり実刑を食らっ
ている男が、出所後半年もしないうちに浅草の路上でハンドバッグのひったくりを2連発。

通報で駆けつけた警官に職務質問され、あえなく御用となったというものだ。
生活費欲しさの犯行で、奪った金は計5万3千円。被告は無職、バッイチ独身オヤジ。検察側の言い分にすべて同意しており、争う意志は皆無。実刑は確実である。

小柄で薄い髪、温厚そうな目つきなど、被告が悪党には見えないのも窃盗事件ではよくあること。どうせ働くのがイヤだとか、酒に溺れていたりして、社会復帰する気のないまま犯行を重ねたのだろう。ぼくはアクビをかみ殺すのに必死だった。
ところが、被告人質問で流れが変わる。少しでも刑を軽くしようとするのが仕事である弁護士の巧みな質問に誘導されるかのように、トットッと被告が語り始めたのだ。
かつて自分は平凡だが着実な人生を
歩んでいた。非行に走ることもなく普
通に育ち、新潟県のある町で全国にチ
エーン展開するスーパーマーケットに就職。

もともと遊び歩くタイプではないのでマジメに働いて、好きな女性と出会って結婚もした。けっして派手ではないが、楽しい家庭を築き、一所懸命に生きていこうと思っていたのだ。
「相手の家の事情で養子に入ることに
なりましたが、とくに問題はありませ
んでした。夫婦仲も良く、幸福だったと思います」
まだ和代前半。被告にとって、人生
はこれからが本番のはずだった。でも、
順調だったのはここまで。つかみとった
かに思えた幸福は、長男の誕生をきっ
かけに、少しずつ歯車を狂わせ始める。
長男は障害を抱えて生まれた。

ヘタすれば一生車椅子生活かもしれない重度
の障害だ。2人は大いに落胆するが、
自分の子どもである。障害を抱えた子
どもを持つ親は全国にいるのだし、力
を合わせて育てることが親の義務だ。
が、ここで義父と義母が本性をムキだしにしてくる。


「生まれたのは、私の血筋が悪いからだとか、いろいろ言われました」
義父と義母にしてみれば、せっかく養子を取った意味がないということなんだ
ろうか。かなりシうぐあたられたらしい。
でもまあ、初孫である。時が過ぎれば感情も収まり、可愛がってくれるだ
ろう。メゲてばかりはいられない。とにかく自分はがんばるだけ。被告はい
ままで以上に熱心に働くようになった.ここで思いがけないことが起きる。
会社が倒産したのだ。
まだ時代は不況には突入していなか
ったものの、地方の小都市ではなかな
かいい仕事は見つからない。子どもの
治療費がかかるから、のんびりはでき
ず、仕方なくバイトを開始。昼夜掛け持ちで働きだした。
そんな生活が1年ほど続き、疲労が
ピークに達していた頃、つぎの不幸が
襲いかかる。深夜から早朝までやって
いた宅配便会社の仕事で、事故を起こ
してしまうのだ。詳細は不明だが、被告の責任ということで、会社に弁償を
せまられたらしい。
貯蓄はなかったから義父と義母に相
談した。が、答は.銭も出さない。
ばかりか、被告をダメな男だとののし
るばかり。このときは実父に頼み込んで払ってもらったという。
「トラブルが立て続けに起き、家に帰
りたくない気持ちから酒に溺れるよう
になっていきました。再就職もできず、
妻との間もギクシャクしてきて。平成
元年には離婚することになりました」
義父と義母にイビリまくられ、味方
であるべき妻にも見放され、追い出さ
れたのだ。もちろん息子の養育権は母
親。被告は寂しく家を出て、後ろ髪を
引かれる思いで関西に向かう。
これから先、どうしようか。とりあえ
ずの居住先を京都に定めた被告に、情
け容赦なくトドメの不幸が襲いかかる。
「実家の父が、自殺したんです」
被告の実家は保守的な小さい町。離
婚の件などで、親戚筋から父親に相当
のプレッシャーがかかったという。育
て方が悪い、養子に出したのが間違い、
などである。

「尊敬していた父が自分のせいで自殺
したことで、すべてを失ったような気
になり、人生に対して夢や希望を持てなくなってしまいました」
浮気したわけでもない、暴力を振る
ったわけでもない。普通にマジメにや
ってこの結果である。平凡なサラリー
マンであり父親であるはずだった男が、
たった3年ほどの問に職を失い、妻子と
別れ、父は自殺、故郷にも帰れない身に
なってしまう。順調に式こしてきた人間
でも、いくつかの卜受フルが重なるだけ
で坂道を転がるように不幸になるのだ。
リアルだよなあ。終身雇用は過去の
もの、離婚などあたりまえのように行
われるいまの時代、足場のしっかりし
た場所に立っている人間など少数。大
部分の人間は、微妙なバランスの上で、
なんとか生活を維持している。
ぼくなんかフリーライターで安定性
ゼロ、貯蓄も資産もまったくないから、
常に坂の分岐点にいるようなものだ。仕
事がなくなり、夫婦仲が悪くなり、交通
事故でも起こしたらどうなるか。すでに
⑩代半ばで特技も体力もない。不況で
人は余っている。万事休すな感じである。ひとりになった被告は、ただ飯を食
うためだけに仕事を転々とする。稼い
だ金で酒を飲んだ。でも、年を追うご
とに雇ってくれるところはなくなって
くる。気持ちもすさむ。
そして、とうとう平成9年、窃盗を
行い初逮捕。1年の実刑の後、再び窃
盗で今度は2年の刑を務め、平成旧年
1月に出所する。
だめな男である。不幸を背負った人
間は世の中にたくさんいるはずだが、
彼らの多くは歯を食いしばってがんば
り、犯罪者にはならない。その点で被
告に同情の余地はない。
けれど自分がその立場になったらと思
うと、ぼくにはがんばり抜く自信がない。
新しい生活基盤は作れていないわけだし、
たぶんヤケになってしまうんじゃない
か。被告は弱い人間だけど、ぼくだって強くなどないのだ。どうしても《目
分とは縁のない犯罪者》とは思えない。
人生に疲れた被告にとって、拠り所
となるのは別れた家族しかいない。出所
後、被告は妻に連絡を取る。
「妻は会ってもいいと言ってくれ、新潟まで行きました。息子は結局、ずっと車椅子暮らしのままです」
義父や義母が健在なので家に行くこ
とはできず、息子にも会えなかったも
のの、妻は音沙汰のなかった元夫を心
配していたようだ。できるだけマメに
電話をしてくれと言われたという。
妻は再婚もせず、女手一つで重度の
障害児を育て上げた。その苦労は並大
抵ではなかったに違いない。悪かった。
オレがしっかりしていれば。そして、こ
れまで封印してきた希望の灯がともる。
ひょっとしたら復縁できるかも。
言葉は悪いが、義父と義母がいなく
なるまで辛抱すれば、その可能性は大
いにあるはずなのだ。
でも結局、やっちゃうんだよ、ひった
くり。ここがカンジンというところで、
被告は現実のつらさに負けるんだなあ。
いや、犯罪までの半年間、必死では
あったのだ。前述したように、被告は
もともと悪党じゃない。マジメで実直
な人間が《前科者》のハンディの中で
もがいている姿を見て、なんとかして
やりたいと思ってくれる人が現れ、出所
後すぐに部屋を借りてくれたばかりか、半年分の家賃を先払いしてくれたのだ。
応募しては断られ、また求人情報紙
で職を探すことを繰り返し、やっとの
思いで見つけたのがラーメン屋の店員。
しかし、経営者はヤクザで待遇なども
めちゃくちゃ悪く、1カ月でやめてし
まう。このとき5月。前払いしている
のは8月一杯。その後は自分で部屋を
借りなければならない。
で、このままじゃラチがあかないと
思い詰め、考えて上京するのだが職探しは難航する。
そして、ついに所持金が尽き、また
窃盗。捕まる日まで、妻には毎日欠か
さず電話していた。
裁判長、ひとこといいですか!
若い女性検察官による質問では、容
赦なく被告の弱さが追及された。そん
なことでこの先、やり直せるのか。奥
さんには正直に、これまでの犯罪のこ
とを話しているのか。
ったく、電話なんかで言えるわけが
ないではないか。それができる人間なら、
とうになんとかなってるって。話した
いけど話せない、話すことで最後の望
みを絶たれることがどれほどの恐怖か、
アンタにはまるでわかっちゃいない。
だからこそ被告は、今度出所したら
まっすぐ新潟に帰る、たとえ女一房が許してくれなくても、子どものそばにい
て、遠くからでも見守っていきたいと
言ってるんだよI
心の中でため息をつきつつ、似顔絵
でも描こうとペンを走らせ始めたときだ。
隣に座っていた男が突然手を挙げた。
「裁判長、一言いいですか!」
被告の従兄弟だった。父親の葬式で会ったとき、何か困ったら
電話してくれと番号を渡し、ずっと被
告の身を案じていた、仲のよかった年
下の従兄弟である。傍聴席からの発言
は禁止されているが、感極まって言葉が出てしまったのだろう。
弁護士から連絡が行かなければ、男
は裁判所にこなかった賎すで、くるなら
情状酌量を狙う弁護士は証人になって
ほしいは一%そうなってないのは、被告
がそれを拒否したためとしか思えない。
つまり被告は、腹をくくっているのだ。
「そういう人がいるなら、なぜ電話し
なかったのですか。なぜ助けを求めな
いのですか」
検察官がまた、アホな質問をする。
だ・か・らぁ、それだけはしたくなか
ったんだよ絶対に。ばかげているとし
ても、頼らないことが被告のプライド
であり、自殺した父親の二の舞を防ぐ
方法だったに違いないのだ。
なんでだ、水くさいじゃないか。オ
レのことまで世間体ばかりにこだわる
親戚だと思っているのか。隣の男はそ
う思い、被告の後ろ姿を食い入るよう
に見ている。膝の上で握られたコブシ
がとても切ない。
もう似顔絵など描くことはできなか
った。3年という求刑を聞きながら、
その後の被告と家族の人生に思いを馳せる。
重い気分で部屋を出ると、従兄弟が
弁護士に詰め寄るようにしゃべりかけている。妻だった女性に連絡して面会
させようとか、そういう相談かもしれ
ない。もしそうだとして、すべてを知
っても被告を受け入れてくれるだろう
か。答はぼくにはわからない。
疲れて帰ろうとするぼくのそばを、
傍聴マニアたちが軽やかな足取りで行
きすぎ、すかさず向かいの部屋に入っ
ていく。おいおい、はしごかよ・つく
づくダフだわ、この人たち