本当にあったリアルな怖い話・恐怖の事件 ~現代の怪談~

なんだかんだで生きている人間が一番怖い・現代の怪談ともいえる本当にあった怖い話や恐怖の未解決事件です。

プロ野球高校野球甲子園の勝敗をかける賭博の胴元

夏大阪の空は朝から入道雲の沸き立つ、まさに 夏真っ盛りの様相を呈していた。

こんな日は海にでも向かうか、 冷房の効いた部屋でおとなしく しているのが正解である。

インド ア派の僕は、新大阪駅近くに建 つ高層マンションの一室で、クーラ ーから吹き出す涼しい風に吹か れていた。

電話機や冷蔵庫、 ソファなど一通りの生活用品は揃 っているものの、そこが住居では なく事務所として使われている ことは、どことなく殺風景な部 屋の様子から見てとれる。 ソファの前には大型テレビが3 台並び、うち1台がNHKを映 し出している。

昨日まで料理番組を放映し ていたこの局も、今日からは高校生のお祭りに電波を占拠される。

すでにブラウン管の中では、ユニ フォーム姿の少年たちが並んで 行進中だ。夏の甲子園、開幕式。

「今年は、張り子が不利じゃろう」

隣に座る男性が、新聞に目を 通しながら岡山託りでつぶやく。 
渡辺氏(37才・仮名)、野球賭博の胴元である。

張り子(客)から賭け金を集め、 試合後に配当金を振り込む。ただそれだけの単純な仕事ながら、 彼は1年間でおよそ4千万もの 利益を上げている。

紛れもない裏仕事師と言っていい。

今日は、彼の事務所であるこのマンションでー日を共に過ごし、 日常の業務を観察しつつ、仕事 の全容を語ってもらおうと思う。

本日予定されているゲームは、高校野球3試合にセリーグのナイター3試合。この6試合でど んなドラマが繰り広げられるのだろうか。岡山弁が続く。

「高校野球はサービスみたいな もんなんじゃが、今年は難しいかもしれんのお」

長いシーズンを通してのヨミを要求されプ口野球賭博と違い、 短期決戦で戦力の分析がたやすい高校野球は、日ごろ儲けさせてもらっている客への年に2回のサービス期間のようなものだそうだ。

しかし今大会は、各地の強豪校が予選で姿を消したため出場校の実力が均衡し、勝敗予測がしにくいというわけだ。

「それは胴元有利といっことで?」

「まあ、そういうことじゃが、ョミにくいっちゆうことは、それだけ高い金を賭けられんっちゆうことやから、そうウマクはないわ な」

第ー試合、の選手がグラウンドに散った。夏が始まった。 張りを揃え、客を翻弄する 元プロのハンデ師それではまず、野球賭博を理 解する上で必ず知っておかねば ならない、「ハンデ」について解説しておこう。

野球賭博は、単純な勝敗当てゲームではない。たとえば今シーズン、巨人対横浜戦の試合でどちらが勝つかを当てるだけなら、大方の人間は巨人を選ぶだろう。しかしこれが「3点差以上で勝 つか」と間われれば、迷うところではなかろうか。

ハンデとは、このようにあらか じめ点差の条件を付けて、客の 張りを均等化させるものと考えればいい。

独特の言い回しがあるためとっつきにくく思われがちだが、以 下5種類の表現だけでも党えてもらいたい。 なお、野球賭博における「負け」 はゼ口。「勝ち」は2倍になるこ とを意味する。3倍4倍はなく、 最大でも2倍にしかならないの がこの博打の特徴である。 

巨人から1半2 巨人1点差勝利(負け) 
2点差(ー・5倍) 3点差以上(勝ち) 
巨人から1半2の2 巨人ー点差勝利(負け) 
2点差(ー・25倍) 3点差以上(勝ち) 
巨人から22半 巨人ー点差勝利(負け) 
2点差(0・5倍) 3点差以上(勝ち) 
巨人から0・7 巨人1点差勝利(ー・3倍) 2点差以上(勝ち) 巨人から1 ・3 巨人ー点差勝利(0・7倍) 2点差以上(勝ち) 
ちなみにこのハンデは、暴力団が抱えるー人のハ ンデ師が毎試合前に定め、野球賭博関係者はすべて これに従う形となっている。

「誰なんです、そのハンデ師って」

「元プ口野球選手っちゆう噂もあるんじゃが、ようわからんな。 ただワシもずっと見てきとるけど、 まあ、ウマイこと出してきよるで。 たいしたもんじゃ」

組の収益に大きく影響を及ぼす以上、その手腕が「たいしたもん」であることは容易に想像 できる。しかも彼は張りを 揃えるだけでなく、ときに客を翻弄することもあるといつから驚きだ。 たとえば昭和60年、夏の甲子園。

PL学園×東海大山形では、 PLから10半11(12点差以上の勝利で全勝ち)という高校野球 史上空前のハンデを切ることで張りを山形に集め、ほとんどの賭け金をかっさらったそうだ(結果は29対7でPLの勝利)。

「まあ、ときどきオカシイなと思うときもあるんよ。でも長い 目で見たら、やっぱりウマイこと 出しとる」

甲子園第ー試合、ハンデは帝京から22半。帝京に賭 けた者はー点差勝利なら全負け。 2点差で勝っても半分の負け。 3点差以上の勝利で初めて全勝 ちとなる。 今朝、張り子から渡辺氏の元 に集まった金が、中部商に180万、 帝京に220万

このハンデでも、 有利の見方が若干強いようだ。

「まあ、沖縄の初出場校と帝京 じゃったらそんなもんじゃろ」

もちろん甲子園では、近江のように、ノー マークの初出場校が快進撃を見せることもあるが、大会全体を通して見れば、 番狂わせなどそうそう起きるものではない。前評判の高いチームに張るのが王道だ。

案の定、試合は初回から帝京が猛攻を見せ、一挙に5点。どうやらこの試合、22半では甘かったようだ。

会話は録音、 メモは水溶紙に

賭博の胴元はテラ銭(野球賭博の場合、勝ち分の10%)で儲けるのが本道。

上客を確保し、張りを揃えることさえできれば、すべてはうまく回る。 渡辺氏の場合も例外ではなく、今現在、彼はわずか8人の張り子を抱えるに過ぎないものの、 年間4千万もの利益を上げでいる。 もし張りが一方に偏れば、超過分を他のノミ屋に流すことで危 険は回避できる。

ノーリスクで、 試合の度に10%のテラ銭が入ってくるのだから、こんなにウマイ商売もそうそうないだろう。

しかし実はこれだけでは4千万もの利益は生まない。胴元も また勝負に出るべきときがあるのだ。

勝負、すなわちそれは、超過分をノミ屋に流さず自分でノんでしまうことを意味する。

今日の一戦もそうだ。

帝京への 張りが40万円多いこの試合、彼はその分をノんでいる。帝京が3点差以上離して勝つことはないだろうといつョミか。

「いや、この試合はョミとかじゃ ないんよ。こんなチマチマした金、 流してもしゃあないじゃろう思ってな」

「ですよね。だってもう8点差で すもん」

冷やかし半分で言うと、氏は 苦笑いする。

「いや、まだわからんぞ」

大差が付いた試合をじっと見つめる姿は、まるで親戚でも出場しているかのような熱心さだ。 いったい彼は普段どんなサイクル で野球と接しているのだろう。

プロ野球のナイターの場合、ハンデ決定が当日の午後2時。す ぐに8人の客に電話連絡し、タ方5時の締め切りまで受け付ける。 連絡はすべて電話で行い、「言 った言わない」の水掛け論を防 ぐため、会話はすべてテープ録音しておく。メモは水溶紙だ。 金の受け渡しは、基本的に銀行振り込みで、月火水木の4日 分を金曜精算、金土日の3日分 が月曜精算となる。 比較的ノンビリしたスケジュ ールのようだが、高校野球が始 まると勝手が違う。 朝一の試合は前日、他は前の試 合の3回裏が過ぎたころにハン デが決定するため、四六時中、電 話の対応に追われなければならないのだ(ちなみに、受付終了は 前の試合の7回終了時)。

「海星から2・3?はいわかり ました」 
「あーそうじゃのう。明日の報徳がポイントじゃのう」

「日本文理に30?40?はいはい」

目はテレビに、耳は電話に。こ んな日々が2週間も続くのだから、 野球マニアでなければとても務 まらない。

今日も「ビールなんか飲むとツキが逃げよるから」

ち・シラフでの観戦だ。

試合は前半にリードした 帝京が、終盤の中部商の追い上 げを振り切り、3点差で勝利。 渡辺氏にとっては幸先切悪いスタートとなった。

220万の10%22万のテラ銭が入ったとはいえノんだ40万の損失があるの差し引きマイナス18万だ。

「ちょうど3点差でしたね」 
「そうじゃなあ、7回にひっかり返しよるかと思ったが、流れは良かったんじゃが」

余裕シャクシャクに見えるが、やはり表情は険しい。とはいえ18万だとはいえ、負けは負けだ。

元々、彼は若いころ、張り子として野球賭博に参加してい たといっ。春も夏もョミは的中し 

「世話になった」

高校に匿名で 寄付金を送ったことも2度3度 ではない。

東海大相模に現金を 送ったのもこのころの話だ。 ところが阪神大震災直後の春 の甲子園。観音寺中央高校が優 勝したこの大会で、彼はョミをことごとく外し、ボロボロに負かされてしまう。

「あの大会は番狂わせが多かっ たですしね。優勝が観音寺ですから」

「そうなんよ。やっばり確実なんは親になることじゃと気づいた んよ」 とはいえ、まだ若い彼には資金も信用もない。

カジノバーなどで小口の客を募り、細々と信用を勝ち取っていくしかなかった。

が、客を選べないということは、 すなわち厄介な相手につけ込むスキを与えることと同義である。

「張り子にヤクザがおってな。負 けた300万を払わんと、逆にワシをラブホテルにさらいやがったんよ」

命こそ奪われなかったものの、 縄です巻きにされ、太股をカッターナイフで刺された彼の脚には今も傷跡が残っている。

ナイター3試合のハンデが発表された。 横浜×巨人(巨人から1・7) 広島×阪神(広島から。・5) ヤクルト×中日(ヤクルトからー) 巨人、広島が優勢なのはわか るとしても、中日は4連敗中と はいえ、前の巨人戦でノーヒット ノーランを達成した川上が登板 予定。それでもハンデはヤクルト から出ている。なぜ?

「まあ、こんなもんじゃろ。流れ から言えば」 彼がよく口にする「流れ」。

年 間4千万円の収益の秘密はこの 言葉に隠されている。 張り子の中には、必ず「出し(ハ ンデの出た側)」を追う者や、い つも「バック(その反対)に賭け る者など、いわゆる決め張りを する人間が少なくない。そこそ こ当たるため収支も安定するの だが、胴元がそんなことをすれ ば収拾のつかないことになってし まう。

そこで彼が大事にするの が「流れ」だ。3連戦の緒戦は取 ったか、春からの調子はどうか、 夏にピークを迎えるとすれば今 はどうか。ペナントレースはそう いうふうに考えて初めてものに できる。 
今回なら、3連勝中のヤクル トと、4連敗中の中日という流 れに沿えば、たとえノーヒッター が先発だとしてもやはりヤクル ト有利と見るのが正解なのだ。 ちなみに張り子8人の中で、 こういう考え方のできるのは、 落語家ー人だけで、トータルで 勝っているのもやはり彼だけだ そうだ。

タ方4時を回るころ、事務所 の電話が鳴り出した。 今夜いちばんの注目は、横浜 ×巨人戦。タ方5時の締めの段 階で、横浜に200万、巨人に7 00万という、ほぼ一本かぶり(一 方に賭けが集中する)の状況だ。

ハンデは巨人から1・7。2点 差をつけて勝たねばならぬ上、 故障者が多く、前日のゲームを 4-7で落としているこの状況 でも、大方の予想は巨人有利と 出ている。僕も同感だ。2点差 うんぬんはともかく、巨人が横 浜に連敗はしないだろう。 ところが渡辺氏は、口元を緩 めながら言う。

「さあ、どうするかのう」 「へ?」

「ノんでもええんじゃないかのう」

「500万ですか?」

「ほうよ」

巨人2点差勝ちはないというのか。そういう流れなのか。ノミ 屋の受付は5時半まで。決断は 30分しかない。

「よつしゃ、ノもう。他の試合は 流しや」

広島ー阪神、ヤクルトー中日 の2試合は、超過分をノミ屋に 流し、巨人戦で勝負。なんとも 大胆な策である。 500万のかかった大一番は、 巨人ペースで始まった。2回には 連打で先取点のチャンスを迎える。 (こりゃ決まりだろ) 氏が500万も失う姿を見る のはいたたまれない。僕は序盤 で事務所を後にした。 
高校に、 外野手として甲子園を目指す 1人の少年がいた。3年の夏、県 大会ベスト4で敗れた瞬問、彼 はこれからいったい何をすればい いのかわからなかったと。 「あんときは、甲子園に行くこ としか考えとらんかったからのう」

それが今や野球賭博の胴元 とは皮肉なものだが、その心情 はわからないでもない。彼は野 球といっ魔物に魅入られたのだ。 野球がなければ生きて行けない ことに気づいてしまったのだ。 だからなのだ。金のためなら 結果だけ知れば十分なはずなのに、 あれほど熱心にテレビにかじり ついてしまうのば。 東京に戻る新幹線の車中で、 電光掲示板にオレンジ色の文字 が流れた。

〈試合結果横浜1-。巨人〉 巨人、まさかの完封負け。携 帯から電話をかけると、浮かれ た声が聞こえてきた。

「な、ノんで正解だったじゃろ。や っばり横浜、調子に乗っとるから な」

上機嫌の声が続く。 「明日のハンデ出とるよ。智弁か ら4半5じゃ。どうじゃ、佐藤クンも張ってみるか。負けても・・こ 移動中のせいか電波状況が悪く、 楽しげな声は途中で切れてしま った。 夏は始まったばかりだった。