本当にあったリアルな怖い話・恐怖の事件 ~現代の怪談~

なんだかんだで生きている人間が一番怖い・現代の怪談ともいえる本当にあった怖い話や恐怖の未解決事件です。

精神病院のある街を歩く・通院している患者の言動と行動

某所にあるその町は、一見、ごく普通の佇まいだ。

駅前には商店や飲食店がこぢんまりと建ち並び、少し駅を離れると古い家と新築の戸建てがほどよく混じり合った住宅街が広がる。派手さはないが、ファミリー層にはおあつらえ向きの環境だろう。

しかしこの町には一点、普通の町ではまずお目にかかれないものが存在する。商店街や住宅街と隣り合う形で、巨大な精神科専門病院が横たわっているのだ。
入院患者数、およそ700人。そのうち軽症の患者は外出が可能で、また1日あたりの通院患者は400人を超えると聞く。

つまり、大量の精神病患者がそれだけ町中に溢れていると言えるわけだ。どうにも好奇心が抑えられない。そんな特殊な町を尋ねれば、どのような光景が飛び込んでくるのか。そして、いかなる出来事が待ち潜んでいるのだろう。

憂うつな曇り空の広がる11月某日、午前9時。目的の駅を降りて歩き出すと、すぐさま目の前に妙な風景が現れた。

大人の男性より少し高い鉄柵の壁が、末端が見えないほどはるか彼方まで伸びている。どうやら件の病院はこの鉄柵の内側にあるらしい。恐ろしく広大な敷地だ。

病院の外周に沿って進むうち、入口の門が見えてきた。監視カメラや警備員の詰め所があるあたり、いかにも〝らしい〞というか、かなり物々しい雰囲気だ。

そして、その門へ吸い込まれるように入って行く大勢の老若男女。通院患者なんだろうか。きっと中には病院スタッフも紛れているんだろうけど、これだけの精神病患者の一団を目の当たりにすると、嫌がおうにも気づかされる。生きづらい国なんだな、ニッポンは。病院を離れ、隣接する住宅街に足を向ける。しばらくして、どこからともなく陽気な歌声が聞こえてきた。
「芸ぃの〜ためならぁ〜女房も泣かすぅぅぅ〜」
気持ちよさげにノドを鳴らしているのは公園のベンチに座る白髪のジーサンだ。思わず凝視すると目が合い、手招きしてきた。…なんだ?
やや警戒しつつ隣りのベンチに腰かけた途端、ジーサンが言う。
「何なのキミは。最近のダンショウは昼前から色目を使うの?」

「…え?」
突然、何を言ってんだ?
「こらダンショウ、おい!」

「あの、ダンショウってあの男娼のことですか?」
「そうだよ。別に男娼が悪いって言ってるんじゃないよ。ただ、こんな明るい時間は不謹慎じゃないかなって思うでしょ。子供たちが見たらどうするの?」
真剣に腹を立てているようで、ジーサンの表情は険しい。しかし、どこか虚ろな目といい、意味不明な会話といい、おそらくやこの人は…。
「あの、失礼ですけど、あそこの病院に通われたりしてます?」 
「うん、そうだけど」

ビンゴだ。って、別にうれしかないのだが。むしろよけい怖くなったんだけど。ジーサンの口調が徐々に熱を帯びてきた。
「キミが男娼なら許すわけにはいかないな。ここはそういうことしていい場所じゃない
からね。反省しろ!ほら、男娼ほら!」
脅すように拳を突き上げてきたあたりで、ひそかに逃げの体勢に入りつつ謝罪する。
「あの、自分は男娼ではないです。まぎらわしくてすいません」
途端にジーサンがニタリと笑う。
「だから男娼は別に悪いことじゃないんだって。カワイイ顔してるんだからヒゲは剃った方がいいんじゃない?頑張ってね」
いいのか悪いのか、結局どっちなんだよ。それからしばらくして、駅前の交差点で何やら妙な白髪ロングヘアーの婆さんが目に留まった。人の流れを無視するようにジッと立ち尽くしたまま動こうとせず、ただ虚空を眺めている。ボーッとしていた人が突然、瞬間冷凍されたみたいな案配だ。信号が3度目か4度目の青になったとき、ようやく婆さんは動き出した。

が、どうも動作がオカシイ。抜き足差し足でゆっくり移動したかと思えば、今度は電信柱の陰に身を隠して何かを伺うような体勢に。彼女の視線の先には郵便局がある。はて?悩んだ挙げ句、勇気を出して声をかけてみることに。
「あの〜すいません。何をされてるんです?」

「シッ!」
彼女はこちらを見向きもせず指を口に当てた。
「静かに。見つかったら大変よ」

「はい、静かにします。でも何をされてるんですか?」

「●●さんが今そこにいるの」

「●●さんて?」

「シッ、静かに。ほらあの人よ」
彼女が指指したのは、ひとりの男性郵便局員だ。何かの作業中なのか、局の建物をしきりに出たり入ったりしている。
「あの局員さんがどうかしたんですか?」
「気になるの。ハッキリ言うと好きなの」
「あ、そうなんですね…」
いい歳こいてこの婆さん、まるで乙女じゃないですか。やがて●●さんが局の中に入ったまま戻らなくなると、彼女は少し寂しそうな顔をして話し始めた。
「夏ごろから気になってるの」
彼女、やはり以前から例の精神病院に通院している方だそうで、たまたま郵便局前で●●さんを見かけた際、一目惚れしてしまったらしい。

以来、通院のついでにいつもこうして彼の様子を見守っているんだそうな。非常にバカバカしくもあるが、ややけなげでもある。半ば本気で尋ねてみた。
「よかったら●●さんの連絡先、代わりに聞いてきてあげましょうか?」
もともと表情の乏しかった彼女の顔が一層、能面じみたものになった。冷めた声が口から漏れる。「ふざけんじゃないわよ」
そのまま婆さんはどこかへ立ち去っていった。自分の恋は自力で成就させたいようだ。再び歩きはじめてふと後ろを振り返ったのは、無意識に勘のようなものが働いたからなのだろうか。振り向いた先で、さっきの男娼連呼ジーサンが慌てて物陰に隠れるところを目撃してしまった。背中に冷たいものが走る。もしや尾行されてる? でもなんで?
恐る恐る歩み寄る。
「あのう、何か用ですか?」
ジーサンはこちらが心配したくなるほどの狼狽を見せた。
「い、い、いや、なな、何もないけどぉー!う、うんー!」
「ホントですか?」
「ホッホントに。な、何もないよ、うん!」
次の瞬間、ジーサンが老人とは思えないスピードで逃げ去っていった。途中、こちらに向かって罵声を上げながら。
「き、汚らしいんだこの男娼バカ! 通報するぞバカ! バカ野郎!」
何なんだよ、いったい…。昼過ぎ、目についたメシ屋へ。注文のついでにオバチャン店員に話を振ってみる。

「この界隈って変なお客さんとか来たりします? ほら、ああいう病院が近くにあるから」
「ああ、はいはい。そういう方はしょっちゅうよ」
オバチャン、表情がパッと明るくなった。どうやらこの手の話題は嫌いじゃないらしい。

「つい昨日もね、ズボンをはかないでパンツのままのお客さんが来たわよ」
「そんな連中がしょっちゅう来るんですか?困りません?」
「うーん、変な人は多いけど、暴れたりするようなことは滅多にないしね。あ、でも、一度すごい嫌な目にあってね」

「はあ、どんな?」

「食べながらシッコするのよ。ジャーって。それも知らん顔してやるもんだから他のお客さんもビックリしちゃって」
オバチャンがさも忌々しそうにしかめ面をする。
「さすがに飲食店だから、そういう排泄関係はねえ。パンツ一丁ならまだいいんだけどさ」

いや、パンツ一丁も十分NGだと思うのだが。あるいは、この町で商売していると感覚がマヒしてしまうのだろうか。2時間後、駅付近のコンビニに立ち寄ったときのことだ。ドリンクを買って表に出ると、ふいに誰かの叫ぶ声が聞こえた。
「クソジジイ! アウト!」

驚いて見れば、付近の奥まった路地に、キャップを被った奇妙な髪型の男がウロウロしている。

歳は40半ば。帽子と大きなギョロ目の組み合わせは、さかなクンそっくりだ。

何だろう、アイツは。

と、そこへ、自転車に乗った中年男性が通りをスイ〜っと横切った。すかさず路地から飛び出したさかなクンが自転車男性の背中に声を浴びせる。
「クッソジジイ! アウト、アウトォ!」

どうやら通りを行く人々にいちちいち罵声を投げかけているようだ。タチ悪いなぁ。おや、今度は中年のオバサンが向こうから歩いてきたぞ。案の定、オバサンが目の前を通過したタイミングで、さかなクンが隠れていた路地から躍り出る。
「ババア! ねえオバサーン! ツーアウト!」
間髪入れず反対方向から2人組の女子高生が。マズい、あの子たちも罵声を浴びせられるぞ。またしても、さかなクンが駆けだす。
「オネ〜サ〜ン、行ってらっしゃ〜い」
アウトじゃないんかい! しかも声まで優しくなってるし。別にそのまま放っておいてもよいのだが、ああいうふざけたキャラを無視するのはもったいない。ちょっと話しかけてみよう。
「こんにちは。さっきから何をされてるんですか?」
近づいた瞬間、さかなクンの顔にはっきりと緊張の色が走った。
「え? いや、まあその、いま母親の迎えを待ってまして。ええ」
「そこの病院に行ってらっしゃったんですか?」
「はい、さっき診察が終わったところでして。あの、何か…?」
真っ当な受け答えができることに面食らった。さっきまで「クソジジイ、アウト!」と叫んでいた男と同一人物とはとても思えない。と、そのとき、付近の店から現れた店員のオニーサンが、小走りで近づいてきた。おれの腕をがしっと組み、さかなクンから引き離す。あれ、どうしたの。
「ちょっと、あの人をあまり刺激しない方がいいですよ」

顔が真剣だ。
「いやホント、突然キレるから。前も一度、うちのお客さんが危ない目に遭ったんだよね」例によって通行人にアウトコールを浴びせていたさかなクンに憤慨し、彼の店の客が注意したところ、突然、突き飛ばされたというのだ。車が走行中の道路に。
「幸い、お客さんにケガはなかったんですけど、もしそうなっていてもああいう人たちは責任能力がないんですから、何かあっても取り返しがつきませんよ」
午後4時。徒歩で行けるところはあらかた探検し終えたので、お次はバスに乗って少し行動範囲を広げてみることに。ちょうど駅前のバス停に停まっていた1台に乗り込み、後部座席に腰かける。異変はバスが発車して1分も経たずに起きた。
「あ〜〜〜、もうやだな、死のうっかなぁ、俺!」
すぐそばに座っていたオッサンが、突然、大声をあげるのだ。車内は水を打ったようにシーンと静まりかえっている。当たり前だ。そんなことにもお構いなしにオッサンが再び投げやりな声を張りあげる。「もうどうしよう、死ぬしかないのかなぁ!あーあ!」
と、オッサンの前の席に座っていたオバハンがくるりと後ろを振り返った。てっきり、ハタ迷惑なオッサンを叱りつけるのかと思いきや、「失礼ですけど、あなた、統合失調症(※幻覚や幻聴にさいなまされる精神病)?」
意外な台詞が飛び出てきた。気をそがれたように、オッサンが小さく答える。
「…え、まあ、そうだけど」
「実は私も同じ病気なの。薬はちゃんと飲んでるの?」
「うーん、飲んでるんだけど症状が安定しなくて…」
「何か頑張りたいことを決めて、無理のない範囲で続けるといいよ。もちろん薬も大事だけど、こういう病気はね…」
淡々としながらも親身になって話すオバサンに、「うん、うん」と素直に耳を傾ける男。すっかり落ち着きを取り戻し、最後は「どうもありがとう」と礼を言ってバスを降りていった。バスで奇声を発する者もいれば、それを上手くなだめる同病の者もいる。

こういうのもまた、この町ならではの光景なんだろう。界隈をバスでぐるぐると周り、元の駅に戻ってきたころにはすっかり日も暮れていた。病院の外来時間もとっくに過ぎたようで、入場門は固く閉ざされている。

こうなると、患者たちがふらふら町に繰り出すことはもうないだろう。撤収しようと駅へ向かう途中、近くの書店に立ち寄った。雑誌コーナーでしばし週刊誌を立ち読みしていたところ、ふと隣りから妙な声が。
「う〜〜わ…う〜〜わ…」

ちらりと横目で確認する。青いセーターを着込んだ40前後の男が、グラビア誌を読みながら、ズボンの上から股間をモミモミしていた。それも軽い感じではなく、鷲づかみにした股間を大きく前後左右にさするようなかなりエグイやり方で。やがて、音量大きめの独り言も。
「…う〜〜わ、Gカップかぁ〜! だけど乳首がなぁ! 黒いってのがなぁ!」
アッチ系の人なのは間違いない。病院が閉まってもまだ徘徊しているとはどういうわけだ。「失礼ですけど、あそこの病院に通ってる方ですか?」
声をかけると男はチラッとこちらを一瞥し、スタスタと雑誌コーナーを離れていった。
「あ、あの…」

「プロレス、プロレス! あれがどうもダメなんだよな!」
意味不明な台詞を吐き、男が店内フロアで妙な動作をはじめた。クルリとターンしたり、足踏みしたり、ズボンを思いっきりつり上げて股間を強調したり。何かよろしくないスイッチが入ってしまったようだ。小さな女のコを連れた母親が、男の様子に青ざめ、逃げるように店を出ていった。他の客も、何なんだアイツはと一様に顔をしかめている。やがて見かねた書店員がやんわり退店を促すと、男は「ふう」と大きく息を吐いてうなずいた。
「大変ありがとうございました。また来ます!」
無事、男が去った後、店員に話しかけた。
「大変ですね。いつもこうなんですか?」
「ああいう病院が近くにあるので、やっぱりねえ…。でもまあ、ここらの人はそういう事情をわかってるし、誰もそんなに気にしてないとは思いますけどね」
今回の訪問。部外者のおれにはかなりショッキングな場面が少なからずあったが、地元の人にとってはありふれた日常に過ぎないという印象を受けた。町におかしな人がいるとはいえ、それを原因とする悲惨な事件が起きてないことも大きいのだと思う。この先もずっと、平和が続くことを願うばかりだ。