オレが、都内でも有数のホテトルエリアに事務所を構えるデートクラブで働き始めたのは11月初旬のことだ。フラフラとその日暮らしを送るうち借金ができた。ここらでマジメに働こう。ホテトルならオレにも勤まるはず。田舎にいる時分、地元の業者で働いた経験があり、要領はわかってるつもりだった。
タ刊紙に載っていた求人に間い合わせを入れ、その翌日、都内の喫茶店で面接を受けた。相手は北村(仮名)という名の30才くらいのホスト風である。
「こういうシゴト、前にもやったことある?」「あります。」
「じゃあ大丈夫だ」
給料は日給7千円で、ーカ月間勤めればー万になるらしい。
「じゃあ仕事場行くから、ついてきな」どうやら仕事らしい。まだ会って10分もたってない。
「行くとこは、世の中の誰も知らない場所だから」
道すがら、北村がぼそっと話しかけた。ずいぶんと大げさな口ぶりだが、それだけ警察のマークが厳しいってことか。たどり着いた先はホテル街から少し抜けたところにある、アパートの1室だった。ドアを開けると女が4人、さらに男が1人。皆ジロリと一瞥をくれた。
後で知ったのだが、ここば待機と呼ばれる、文字どおりホテトル嬢と従業員の控え室らしい。
「とりあえずはコレ、頭ん中に叩きこんでくれ。じゃねえと話ならねえから」
「ボーッと突っ立ているオレに、北村が紙切れを差し出した。見ればラブホテル街の地図だ。80軒近くに及ぶラブホの名前がびっしりと書き込まれている。何でも、この店では、女の子を派遣する際、必ず身性従業員がホテルの玄閣まで付き添うらしい。そうすれば、女のコがホテルの場所を覚えずに済むし、カップルを装うことで警察の目もゴマかせるというわけだ。
地図をインプットするまでに時間はかからなかった。1週間もすれば、何なく女のコの送迎をこなし、店の実態を把握する余裕さえ生まれた。まず、待機場。これは全部で4つあり、どれもホテル街近くのアパートに振り分けられている。ただ、他の待機場の存在は万がーパクられたときにバレないよう、女のコには内緒にされていた。
ちなみに、オレの待機場が入っていたマンションはほとんどが同業者で占められており、隣はデブ専業者。その戸口には出前の井が2、3個並んでいだ。待機場とは別に事務所がある。客からの電話をここで受け、注文内容に応じて各待機場へと流されるのだ。オレの場合、勤務して3週間後り事務所勤務を命じられたのだが、こちらはダラダラとした待機場とは打つて変わり、終始張り詰めた空気が流れていた。なんせ、マンションの1室に置かれた50台近くの電話機を3、4人でさばかなくてはならないのだ。
「お客さん、どちらのホテルかう電話してます?ああパxnね。じゃあ好みのタイプは。レースクインのコス・ええ、大丈夫ですよ。じゃあ15分ほどでそちらに行かせますから」
ホテルの場所、希望する女のコのタイプ、コースとサービス内容。これらをまず確認し、出動を出す。基本的にはこの繰り返しだが、女のコの稼働状況を完全に把握した上で、指名返し(指名が取れたコに次の仕事を優先的に回すこと)を行うわけだから、がなり神経を使う。
広告の内容は実にいい加減だ。文句は全部ウソ。「モデル・スチュワーデス・女教師在籍」も「VIPコースあり」も、来る女は変わらない。
それでも「やっばりVIPは満足度が全然違いますよ」などと吹き込んでやると、乗ってくるバカな客がいるから面白い。
ところで、オレには以前からどうしても抜けられないモノがあった。シャブである。トモダチに売人を紹介してもらい、粉はいったん火にかけ、鼻から一気に吸飲する〈アブリ〉という手で楽しむのだ。質のいいブツを一気に食ったときのなんとスカッとすることか。金のあるときはまるでコーラでも飲むかのように、常飲していたものだ。
しかし、ホテトル従業員になってからは、そうもいかなくなった。付き合いのある売人と連絡が取れなくなってしまったのだ。ああ、シャブが食いてえ。久々にそんな衝動にかられたのは、12月の初めにナツキという新人のホテトル嬢が入ってきたからだ。
瞳孔が開きっ放し。どことなくソワソワしているその様子に一目で、常習と確信した。くそー、うらやましいぜ。辛抱たまらず、ナツキをホテルへ送る途中、こっそり耳打ちしてみた。
「ねえ、なんかいいモンない?オレ、最近無沙汰でさあ」
「えっ」ナツキの体がピクンと反応した。「紹介してやろっか」
こうして、オレは彼女からコヤマなる男の紹介を受け、再びシャブを味わうようになる。受け渡しはいつも山手線M駅近くの某公園。もう止まらなかった。
ちょっとしたケンカでホテトルをクビになって以降もシャブ漬けの毎日は続き、しまいには注射器にまで手を出すようになった。そして、運命の日がやってきた。ちょうど自宅でボンプを1本キメ、朝のワイドショーをボーッと眺めていたときのことだ。突然、アパートの階段をガンゴンガンゴンとかけ上がってくる音に続き、ピンポーンとチャイムが鳴った。
〈ったく誰だよ〉めんどくさでつにドアを開けると、4人のイカツイ男たちが立っている。
「ォイ、なんで警察がここに来たのか、わかってるよなあ。ほら、逮捕状だ」
「……」
覚醒剤から覚醒する、とはこんなことを言うのだろうか。全身の毛が逆立ち、心臓が破裂しそうだ。でも、なんで?なぜオレがシャブやってるってわかったんだ。
「おっし、ちょっと調べさせてもらうぞー」
すべては一瞬の出来事だった。刑事らがベッドの上に置いていたパケやらポンプを押収専用の液で覚醒剤であるのを確認し、オレの腕に手錠がかけられるまで、ものの5分とかかっていないだろう
「マーク2はどつした?」え1?刑事の1人が口にしたことばですべてを察した。マーク2とは売人のコヤマの車。実は、このころコヤマとはマブダチになっており、ヤツの頼みで一時、車を預かっていたのだ。くそー、あの野郎ー刑事の話では、コヤマは自ら警察署に出向き草野っていう男がオレの車を返してくれないとわめき散らしたらしい。が、あまりに挙動不審、といっかどう見てもラリっている状態だっため、その場で逮捕され、取り調べでオレの名を吐いたらしい。
そんなのアリかと泣きたくなってくるが、ヤツを恨んだところで後の祭り。いかにして刑期を縮めるかを考えた方が得策だ。が、取り調べ室でオレの身上書を見ていた刑事は無情にもこうつぶやいた。
「なんだオマェ、前(前科)あるのかあ。こいつは長くなりそうだな」
瞬間、グワーンと視界が歪んだ。
逮捕の翌日、墓示地検に向かうべく、押送バスに押し込められた。
4日目。毎日の退屈な取り調べに辟易していたオレは、同じ留置人のヤクザから入れ知恵されたとおり、担当刑事に飲み物をせがんでみた。
「コーヒーとか飲みたいんですけどお」「いいよ」ダメ元のつもりがあっさりOK。久々に飲むホットがこれまた格別である。
「ところでさ、オマエ、なんでコヤマと知り合ったんだ?」
一段落付いたところで、担当のフジムラ刑事が聞いてぎた。刑事さんにしゃべりましたけど、オレがナツミって女とトモダチで(その時点で彼女は姿をくらましていた)、そのコにシャブ欲しいって言ったらコヤマを紹介されたんす。
何を今さらとそう返すと、なぜかフジムラ刑事は不思議な表情を浮かべている。
「オマェ、正直にいった方がいいぞ。コヤマはホテトルで女を頼んだときに、店員のオマエがホテトル嬢を連れて来たのが始まりだっていってるぞ」
「えっ、いや、その」「オマエ、ホテトルで働いてたんだろ」「…」
「いつからいつまで働いとったんじゃ言ってみい」
オレがホテトルで働いていたのばバレバレだ。隠し通すのはまず無理だろう。どっせ、半年も前に辞めているのだ。再逮捕はまずあり得ない。実はですね
観念したオレは、ホテトルの従業員として働いていたことを認めた。
「じゃあ、事務所の場所くらいはわかるだろ
「いや知りません」「待機部屋は」「だったら、まあ何となく」
わざとモゴモゴ答えていると、フジムラがデカイ声でいった
「ま、ジュースでも飲みながらじっくり話そうや」
このオッサン、明らかに駆け引きに出よーっとしている。目の前に甘いニンジンをブラ下げ、ぜんぶ吐かせよーっとしているのだ。コーラが運ばれてきた。これから何力月一いやもしかしたら何年も水と味噌汁しか飲めないかもしれない。飲みなあ。黒い液体がシュワシュワ立てて弾けてる。ああ、もっガマンできねー
「刑事さん、オレ本当は事務所のこと、わかるんですけど」
「「本当か?ちょっと待て。地図持ってくるから」
「でも、もうタ方ですよ。話すと長くなりそうで」
「そうだな。まあ急がんでもいいだろ、今日は待機場だけってことで」
「わかった。で、場所はどこにあるんだ?」
「えとですねえ。このコンビニを曲がったところの・・」
「ふんふん」
フジムラ刑事は、いかにも満足気だった。
「女教師ってのは本当なのか」
これから先、いくか。いや、コーヒーをゲットして同時に自分の心証を上げていくか。ーもはやオレの頭にはそのことしかない。ネタは小出しするに限るだろう。
一方、フジムラ刑事の方もそんなオレの心持ちをわかっているようで、取り調べの最初に「ナニ飲む?」とにこやかに聞いてくる。
そこで「じゃあオレンジジュース」と答えてしまうオレもオレだが、センベイやらウナギパイといったオヤツ類まで出されるのどだからヤメられない。ーつの事柄だけでも相当の時間がかけられるのだ。
●待機場の場所それぞれの詳しい住所、中の見取り図など。
●サービス内容要は本番していたのか、という確認。「コンドームが置いてありましをと答えた。
●女のコのこと奪籍数や源氏名など。「モデルとか女教師とか書いてあるけど、本当なのか」と聞かれたときにはア然とした。
まあ、シャブで捕まった人間の証言をここまで警察が真剣に聞くのもおかしな話だが。
※この記事はフィクションです。読み物としてお読みください。