本当にあったリアルな怖い話・恐怖の事件 ~現代の怪談~

なんだかんだで生きている人間が一番怖い・現代の怪談ともいえる本当にあった怖い話や恐怖の未解決事件です。

携帯や実家の電話番号が何千枚も・嫌がらせビラの犯人と目的は?

「今、大変困っています。大至急、援助求む」

こんな嫌がらせビラが名古屋・栄の電話ボックス、歩道橋、ビルの壁などありとあらゆる場所に貼られ始めたのは今から2年半前のことだった。そこには錦三丁目(通称キンサン)に勤める真奈美(仮名)という女性名が書かれ、連絡先として彼女が勤めるスナックや電話が記されていた。

結果として、真奈美さんの元へ勘違いの電話が殺到、しだいに彼女は心身ともに追い込まれていく。真奈美さんには心当たりのある人物が1人いた。彼女がその直後にドタキャンで別れた元婚約者0だ。こんなことをやるとしたら、その男以外に考えられない。そう考えた真奈美さんからの通報を受け、交番の警官が元婚約者0を取り調べる。が、結局は証拠不十分で釈放されてしまう。真奈美さんはこの一件が原因で店にも実家にもいられなくなり縁もゆかりもない山梨に転居。地元のホテルで働き始める。

が、ここでも嫌がらせは続く。身に掌えのない通販商品が届くようになったのだ。また、実家の近くでは、スプレーで楽書きされる嫌がらせも発生したとい、私がそのことに気づいたのは昨年12月のことだ。知人からの情報で真奈美さんの嫌がらせシールを栄で発見したのである。

ただ、事件を取材するうち、被害者は彼女だけじゃないことがわかった。キンサンの居酒屋『T』に勤める田村里香さん(仮名)という女性も1年半前から同様の嫌がらせビラをバラまかれ、自宅に頼んでもいない通販商品を送りつけられていたのだ。真奈美さんのケースと手口が酷似していることから、私は同一犯の可能性を考えた。いちばん怪しいのはやはり元婚約者の0。もし里香さんと0に接点があれば、この男が犯人である可能性は高い。が、里香さんは0のことをまったく知らなかった。自分に心当たりがあるとすれば、一度だけコンパで会ったことのある男性ぐらいだと。

私は意外な事実を知る。何でも1年ほど前から、住所と文面がまったく同じハガキが2枚届いたととい、1枚は里香さんの住所が書かれたものたが、もつ1枚には真奈美さんの名が記されていたといだ。やはり、2つのは根っこでつながってるに違いない。

里香さんも、そのことから嫌がらせの犯人は同一人物と考え、真奈美さんに連絡、電話で心当たりのある人物の名別を出し合った。何の面識もない2人に共通の知り合いがいれば、その人物が怪しい。そう考えたのだ。
しかし、結果として互いに知っている名は出て来ず仕舞い。あいかわらず嫌がらせのビラは撤き続けられていたものの、彼女自身はそこで追及をあきらめざるをえなくなったという。私は私で、犯人がビラを貼っている現場を押さえるべく、昨年末から年始にかけ栄の街を張り込んでみた。が、そんな雲をつかむような取材で成果が得られるわけもなく、風邪を引いただけの徒労に終わってしまった。進展のないまま1カ月が過ぎた2月下旬、また新たな嫌がらせビラが出現した。

「短期間にお金が欲しい彼女。秘密厳守。たかし一仮名)」全度は男性名である。念のためビラに表記されていた番号に電話をかけてみたところ、44才サラリーマン氏につながった。話を聞いた限りでは、まったく事件と関係なさそうだ。いったいどうなっているのか。
話は4カ月前に遡る。その日、私は真奈美さんのお父さんと実家近くの居酒屋で会っていた。少しでも手がかりになるようなことが聞けないかと思ったのだ。お父さんは1月に私の取材を受けた後、急に真奈美さんのことが心配になり、山梨まで会いに行ってきたという。

「真奈美さんは元気でしたか」「うん、一度顔を見たらホッとしてね。すぐ帰ってきたよ」

真奈美さんは山梨へ行った後、すぐ清里のペンションに勤めた。そのことは0も知っている。が、そこにもイタズラの通販商品が届くようになり、彼女は人知れずもう一度転居し、勤務先も変える。ところがそこにも3日後には通販商品が届くようになった。お父さんは、そこまで0が知っているとは思えない、だから犯人とは考えにくいと言ったのだ。

「彼女と親しい女の子が0に情報を漏らしているってことは考えられませんか」

「そのことは、娘にも会ったとき言ったよ。けど娘は『そんなことする子なんていない。いいかげんにしてよ』って」

「其奈美さんは連絡先を数えた友人を信じ切っているわけですか」

「そうなんだ。それに0は真奈美と婚約していたころ、よくウチにも来たけど、仕事の都合で8時すぎにならないと絶対来なかった。そんなヤツがスプレーで書いたり、ビラを貼ったりする時問があると思うかい?」

「無理でもないでしょ」

「そりゃそうだけど、期間が長すぎるよ。金だって相当かかってるだろうし。20代のサラリーマンにできることじゃないよ」ということは、複数犯か。元婚約者0と真奈美さんの女友達がグルで嫌がらせをしているとか。が、そんな連携プレイが2年半も続くだろうか。いずれにせよ、事憤と知れば知るほど0の犯行説が薄れていくのは確か。ここは、やはり真奈美さんに直接会って話を聞きたいところだ。

4月に真奈美さんの新しい嫌がらせビラが登場した。これまでワープロで印字されていたのが大胆にも手書きとなり、さらに写真まで添付されるようになった。里香さんのビラ同様、本人とはまったく別人である。

「援助交際OK。指名してネー」スナックRや5の電話番号はお約束のように書かれている。私はキンサンに貼られたビラは500枚とリポートしたが、あらためて見回るとそれどころではなさそうだ。北は久屋大通公園から南は丸太町、東は東新町から西は伏見まで、栄の周辺2キロ以内で、ざっと3千枚以上はあるだろう。
名古屋でもっとも人通りが多く、深夜でも人が絶えない栄でどうしてこれだけのビラを貼り付けることができるのか。何やら薄ら寒いものを感じる。5月になると、ビラの余白に書かれる電話番号のレパートリーが増えた。真奈美さんの昔の携帯番号から、以前にバイトしていた喫茶店に実家近くの無関係な住民の電話、さらには真奈美さんの本物の実家の電話までが書かれるようになった。まさにやり放題。

一方、私がやれることといえば、新たに貼られたビラの内容をチェックし、電話の確認をしては空振りに終わるだけ。何をやってるんだ・・
すべてが徒労に終わろうとしていた5月下旬、私はもう一度真奈美さんのお父さんに電話をかけてみた。

「スプレーのイタズラ書きはありませんか」

「いや、それはないよ。もう気にしてないから」
どうもいつになく歯切れが悪い。何かあったのか。

「…娘が帰ってきたんですよ」「ええーっ」

「また山梨に戻るんだけどね。10日ほどは実家にいると思うよ」

私は必死に頼んだ。

「真奈美さんに会わせて下さい」

残された突破ロは真奈美さんしかいない。

「うーん。…わかった。娘に頼んでみるよ」

翌日、お父さんの取り計らいで真奈美さんに会えることになった。

「はじめまして」安達祐実に似た小柄な女性である。ハキハキしているが、他人に恨みをかうタイプに見えない。

「最初にお聞きしたいんですが、誰にこのことを聞いたんですか?」

私より先に真奈美さんが質問してきた。私を見据える目がまだ信用していないことを物語っている。

「知り合いにビラのことを教えてもらったんですよ。それで・・」

私はこれまでの取材の経緯をできるだけ詳しく話した。もうー人被害者がいること、今のキンサンの状況、犯人として考えられるのはやはり0以外にいない等々。

「わかりました。私も一緒です。0以外に考えられないんですよ」

やっぱり、、「0の家に文句を言いに行った、とお父さんに聞きましたが」

「はい。けど、そのときは家にいなかったんで両親に話をしたんです。だから、せめて0の筆跡と、私のところに来た嫌がらせのハガキや手紙の文字を見比べようと思って、何か0の書いたものはないかって聞いたんですけど、そんなものはないって」

「真奈美さんは交際しているころ、0に手紙をもらったことはないんですか」

「あるんですけど、探偵さんに渡しちゃったんですよ」

「探偵?」「お店のお客さんだった人にこのことを相談したら、だったら知り合いに探偵がいるから調べるように頼んであげるよって言われて、渡したんですけど」初耳だ。それで結果はどうなったのだ。その探偵は筆跡鑑定でもしたのか。

「いえ…。尾行してくれたそうですが、知多ナンバーのワゴンRに乗っているスナックの女の子が怪しいつて」

「誰です、その女性は?」「その子のいる店に0が出入りしてるって」

「どこの店ですか」「わかりません。ナンバーを調べてくれるように頼んだんですが、それっきりになってしまって・・」なんて無責任な探偵なんだ。しかし、そうなるとやはり協力者の女性を使った0の仕業なのか。
「立ち入ったことを伺いますが、0とはどうして別れたんですか」

「いろいろありますけど、・・。最終的には私に好きな人ができて」やはりそうか。婚約まで進みながら捨てられた男。動機は十分ある。

「実は真奈美さん、里香さんの他に『たかし』という男性名が書かれたビラも貼られてるんですよ」「たかしですか」

「2本のうち、ー本は真奈美さんの昔の携帯番号だったんですが、心当たりないですか」

「それ、私が0と別れるきっかけになった男性の名です」何だって?じゃあ、あのビラはやはり犯人から真奈美さんに向けられたメッセージだったのか。

「でも、そのことは0は知らないはずなんです。何でそんなことまで知ってるんでしょつか」

0を真奈美さんはこっそり夜中に自宅まで出向き、自宅に車が止められているかどうか確認したこともあったという(が、不審な外出の形跡はみつけられなかったらしい。女友達を疑ったこともある。特に彼女が以前働いていたスナックの同僚で、昼間0の会社で事務員をしていた女性は本ボシとしてマークしていた。何でも以前、真奈美さんとその女性がある男友達をめぐつてトラブルになったことがあり、その時期がビラの出現時期と合致していたらしい。探偵を雇った話をしたとき、その女性は狼狽した気配を見せていたともいい

「その子じゃないんですか。知多ナンバーのワゴンRに乗っている女ってのは」

「それは違います。彼女は名古屋市に住んでますから」

「0のことを知ってる女友達は他にいないんですか」
「あとは親友2人だけですが、その子たちがそんなことするとは思えません」

なにせ犯人は絶対に漏れるはずない、真奈美さんの現在の勤務先をつかんでいるのだ。家族以外でこれを知っているのは数人の知人しかいない。少なくともその中に情報を漏らす人間がいるはずなのだが。

「この男に見覚えないですか」私は以前、里香さんに会った際に借りていた、彼女が唯一心当たりがあると言った男の写真を見せた。見たことあるようなないような。
「でも、0の友達じゃありません」「そうですか、」

2つの事件は間違いなくつながっている。でなければ、同じ時期に同じ通販会社に同じ文面のハガキが2枚届くなんて、別々の人間が相談もなしにできるはずがない。が、現実には2人に共通の知人はいない。どうなっているんだ。

「一度、田村里香さんと会ってみませんか」
もうそれしかないだろう、お互いに心当たりのある人物をもう一度出し合ってもらうのだ。

「そうしましょ」真奈美さんに快い返事をもらい、その後すぐに里香さんに連絡すると、彼女も「ぜひ会いたい」と2つ返事で乗ってきた。よし、これでもっ一度2人に話し合ってもらおう。徹底的に洗い出せば、必ず共通の知人が見つかるはずだ。
6月、名古屋市内のファミレス。両方と面識がある私が先に着いて待っていると、真奈美さんが時間通りにやって来た。里香さんは15分ほど遅れると携帯に連絡があった。「資料を持ってきたんですけど、見ますか」そう言って真奈美さんが紙袋から取り出したのは、おびただしい数の嫌がらせのハガキである。

へルスの求人広告から裏ビデオまで、ざっと300枚あるだろうか。ビラのほかにこんな嫌がらせまで受けていたのか。

「これは最近、届いたものばかりです。前のはもう捨てちゃいましたから」あきれて、そのーつーつを見ていると、そこへ里香さんがやってきた。挨拶もそこそこに、テーブルに広げられたハガキを見て驚いたようにいう。

「これはヒドすぎまよ。私はこんなに多くはないです。ホントにヒドすぎる」

消印を見ると、名古屋集中郵便局で押されたものが多い。これは里香さんと同じ状況だ。

「じゃあ、さっそくですけど、2人で少しでも思い当たる人の名を言ってもらえますか。実家の住所を知っている人間なら誰でも構いませんから」

疑わしくなくてもいい。男でも女でもいい。とにかく互いが知っている各が出るまで話し合うのだ。もし、それでもダメなら、あきらめるしかない。

「じゃあ、私から。まず稲田史郎さん(仮名)」真奈美さんが男性の名前を上げる。と、途端に「えーっと里香さんが目を見開いた。なんだ、なんだ。いるのか、共通の知人が。

「知り合いも何も…。今回の件でいろいろ相談に乗ってもらっている相手ですよ」2

人が口を揃えて言うには、稲田史郎という男は、安城市に住む46才の会社社長。真奈美さんは4年ほど前にスナックで、里香さんはバイト先のスナックで、それぞれ客として知り合ったという。

2人とも稲田に会った直後からロ説かれ、頻繁に食事やコンサートに誘われ、真奈美さんは北海道や九州へ出張のお供で付いて行ったこともあるらしい。里香さんは今乗っているスターレットをその男から格安で譲ってもらったそうだ。

「でも、私たちから金品をねだったことは一度もないんですよ」

稲田は2人にプレゼント攻勢し、頻繁にベッドへ誘ったが、いつも体よくかわされてきたらしい。

「おかしいと思ってたんですよ。私のビラなんか滅多に見つからないのに、いつも一番に見つけて報告してくるのが稲田さんだったんですよ」そう里香さんが言えば、真奈美さんも稲田が犯人ならすべてのつじつまが合うと話す。

「今の勤務先も知ってるし、実家の住所も、妹の嫁ぎ先も、稲田さんには全部話しましたから」ちょっと待ってくれ。そんなに身近な男がいるなら、なぜ以前に2人が電話で話し合ったとき、稲田の名前が出てこなかったんだ。一番に出てきていいはずだろう。「そういえば、私があのとき『シロウって知ってる?って聞いたら、里香さんは知らないって言いましたよね」

「そう。私、彼のこと稲田って苗字しか知らなかったんですよ」

なんてこった。それで名が漏れてたんだ、この男。
「前に稲田さんと栄で待ちあわせしたとき、変な姿を見たことあったんですよ。パーキングメーターの後ろに回って、何かぺタぺタ貼ってて」里香さんがいうが、そのときは気にも止めなかったらしい。

「だって、相談に乗ってもらってるぐらいの人だし。まさかねェ」

相談相手が自分なのだから、動きは手に取るようにわかる。真奈美さんが元婚約者0に苦情を言いに行った後、爆発的にビラが増えたのも、相談相手の稲田ならではの演出だったのだろう。

「私たちは稲田さんに、もうー人被害者がいることを何度も話してるんですよ。なのに、稲田さんからは一度も聞いたことがない。そこもおかしいですよね」

そのとおりだ。が、ここで思い出すのは、以前真奈美さんが調査を頼んだという探偵である。なぜ彼は、稲田の存在に気づかなかったのか。

「実はあのとき、知り合いに探偵がいるっていったの、稲田さんなんですよ」

「え、じゃあもしかして。手紙も稲田に渡したんですか」

「はい。私は直接、探偵には会ってませんから」そうか、わかったぞ。探偵なんて最初からいないのだ。すべて稲田の自作自演だったのだ。

「で、私、今日、響波さんに会ったらそれを渡そうって、ここに来る前、稲田さんと会ったんですよ」

「手紙を返してもらおうって?」

「そ、あと写真も渡してたから、それも。けど、探偵と連絡が付かなかったからって返してもらえなかったんです」

そりゃそうだろ、彼女が渡した写真と手紙は今も稲田の手元にあるはずだ。…ん、待てよ。真奈美さんは、稲田にどんな理由で写真と手紙を返してほしいと言ったんだ。まさか、取材記者と会うからって言ったんじゃ。

「言いましたよ。一度雑誌に載ったことも言ったし、今日、取材の人と里香さんに令っってことも」

「そうですか・・」

「マズかった、ですよね」マズイに決まっている。が、彼女に罪はない。稲田が怪しいなんて、真奈美さんは今の今までこれっぽちも思っていなかった。私だって稲田の名を聞いたのは今日が初めてなのだ。それより問題は、稲田が、自分が疑われ始めたことに気づくかどうかだ。気づけば、途端に行動を止め証拠隠滅を図るだろう。うーん、実に困った状況だ。

「絶対、許せないー捕まえてほしい」
「じゃあ、その後だ、私のとこに稲田さんが来たの」「え、どういうこと?」

「ここに来るんで店を出ようと思ったら、ちょうど稲田さんが来て。だから少し遅れたんですよ」「里香さんも稲田に言った?今日、私や真奈美さんに会うぞっこと」

「言っちゃいました」「で、稲田の反応は?」

「あわてて帰っていきましたけど、表情は別に普通だったかな」よくわかった。稲田が本ボシや。今日のヤツの行動、彼女らの話を聞いただけでも十分だ。さて、これからどうするか。もし私が取材をかけ、稲田がすべて認めてもう二度とやらない、それなりの謝罪金も出すと言えば、あなたたちは許せるのか。

「そういう問題じゃないですよ。絶対許せない。警察に捕まえてもらわないと」
2人はきっぱり、そう答えた。よつしゃ、それなら稲田を刑事被告人として立件させる方法を考えようじゃないか。と、そのとき、里香さんの携帯が鳴った。番号を見た彼女が一瞬絶句して真奈美さんに見せる。

「どうしました?」「稲田さんからです」「放っときなさいよ。寝てたことにしとけばいいですよ」

稲田からの電話は留守番電話に切り替わるとすぐ切れた。時計は深夜2時を回っている。

「こんな時間に電話してきたことはありますか」「ありません。初めてです」

気にしているのだ、今日の結果を。自分の名前が出てくることを恐れて電話してきたに違いない。

「いいですか、稲田が割れたことは絶対、気づかれちゃいけない。話し合っても、結局わからなかった。これが今日の答です。2人とも稲田とはこれまでどおり付き合っていてください。いいですね」

「わかりました」
警察を介入させるにせよ、稲田はしばらく泳がせておいた方がいい。取材も捜査も内偵が鉄則なのだ。稲田にはおそらく名誉棄損罪(3年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金)が成立するだろうが、そのためには現行犯逮捕が必要だ。解散するころ、再び里香さんの携帯が鳴った。また稲田らしい。よっぽど知りたいか今日の結果を。待ってろ、もっすぐ教えてやる。
翌日、親しい愛知県警の幹部に電話をかけ、簡単に事情を話してみた。どう動くのがいいか判断に困ったからだ。すると、その幹部は現時点で即座に稲田を引っ張ることは難しいという。被害者に申告してもらい、救済処置を考え、それからじゃないと令状は取れないらしい。まず罪状区分を分析する本部の住民コーナーに行くべきだとアドバイスを受け、真奈美さんにそのことを伝える。

「わかりました。行きますよ」「ところで、稲田から連絡はありましたか」

「私から電話をかけました。打ち合わせどおり何もわからなかったって言ったら、ウンウンって安心して聞いてましたよ」

そうか、そりゃよかった。折り返し、里香さんにも確認してみると、すでに彼女のところへも稲田から電話があり、心配するどころかデートに誘ってきたという。真奈美さんの返事と聞いて安心したのだろう。本当にメデタイ野郎だ。ところが、ここで問題が発生した。里香さんが住民コーナーに行く決心が固まらないと言うのだ。

「まだ、半信半疑で」「だって、前会ったとき、絶対許せないって言ったじゃないですか」「あんな優しい人が犯人だなんて信じられなくて」

しっかりしろよ。アンタだって1年半も苦しんできたんだろ。が、まあいい。ここは仲間割れしている場合じゃない。とりあえず、住民コーナーには真奈美さん1人で行ってもらおう。私の取材より、今は事件の解決の方が優先なのだ。

翌日、真奈美さんから電話がかかってきた。
「私、頭来ちゃって。これはアンタの被害じゃないって言われたんですよ」彼女の話によれば、対応した県警本部の人問はこの事件の被害者は真奈美さんではなく、スナックと主張。いくら説明してもラチが明かず、結局本部を飛び出して、管轄の刑事課に乗り込んだという。

「そこでは指紋を取ってあげるからって言われて一応連絡先を書いて帰ってきました」「稲田が割れたことは言ったんですか」「いいましたよ。参考人の欄にも書いてきました。なのに、いかにも面倒臭そうで…」

どういうことか。犯人がまったくわからなかった前回なら話はまだわかる。しかし、こんなものは稲田を泳がせておけば尾行一発でアシがつくだろう。何ゆえ警察はそこまで渋るのか。どうにも納得できず、私は別に親しくしている刑事に聞いてみた。と、その刑事日く、名誉棄損罪というのは検挙してもあまり評価につながらず、しかも個人間の話し合いで終わることが多いため、できればやりたくない事案なのだという。

まずはこの男の素性を知らなければならない。私は極秘に身元調査を開始した。稲田は、愛知県安城市の土地成り金の一族で、現在は父親が始めたふとん屋の跡取り。複数のマンションのオーナーでコンビニも経営。早い話が、うだるほど金とヒマがある典型的な二代目ボンボンであることがわかった。家族は妻に中学生の息子と小学生の娘の3人。ちなみに夫人とは不仲が続いているらしい。念のため、客を装って稲田のふとん屋にも入ってみた。と、中には60の男性、女性従業員が2人いるだけ。稲田の姿はない。
店内は2階建てで広いが町のふとん屋という感じだ。ここまでわかったところで、次に稲田の1日の行動を調査することにした。

朝7時30分、稲田の自宅が見える場所に車を止め、ヤッが出て来るのを待つ。8時45分、夫人が駐車場から車で出ていく2階の窓のカーテンが少し開き、それを見ているらしい人影が映る。稲田だ。不仲の噂は本当のようだ。それから30分後の9時15分、稲田がラフな格好で外に出てきた。そのまま駐車場に向かい、ふとん屋のロゴが入ったワゴン車に乗って店に出勤。一応仕事はしているらしい。真奈美さんや里香さんの話によると、稲田はいつもグレーのアコードに乗って錦にやってくるらしい。ということは、ビラ貼りなどの犯行もその車を使って行っているに違いない。が、アコードは駐車場に置かれたままだ。

タ方、稲田がワゴン車で戻ってきても、しばらくその車は動かなかった。午後10時張り込みを続けて15時間。ついに稲田がアコードの前にやって来て、そのまま車に乗り込んだ。車は西の方へ向かう。尾行するか。いや、今日のところはいい。ここに何時に戻ってくるのか、まずはそのデータを取ろう。私は稲田の駐車場の前でひたすら待った。が、深夜2時になっても戻らない。やっぱり今日も錦へ行き、嫌がらせのハガキを投函してビラを貼り、ここに戻ってくるのだろうか。夜2時30ようやく稲田が帰宅。紺のブレザーを車内に脱ぎ捨て、家の中に入っていく。稲田は次の日も同じような行動を取った。午後10時30分過ぎにアコードに乗り込み、深夜2時30分過ぎに帰宅するのだ。どう考えても、この時間帯にビラを貼ったりハガキを投函しているとしか思えない。ハガキといえば、稲田が真奈美さんや里香さんに出したものの大半は名古屋集中郵便という消印が押されていた。この消印が押されるのは、どの時間帯に投函した郵便物なのだろうか。もし、それが午後10時ー深夜2時ぐらいなら、稲田がその時間帯に嫌がらせハガキを投函している可能性は高い。

稲田が午後10時30分過ぎにアコードに乗り、錦へ行ってポストに投函するとすれば、時間にして11時ごろ。すべてつじつまがあうが念のため、名古屋集中郵便局に確認すると、この押され方をする消印は、前日の最終集荷が済んで翌日の第一集荷が始まるまでの間に投函されたハガキだけらしい。よし、それなら今度はその現場を見てやろうじゃないか。
6月24日。これまでのデータから午後9時より稲田の自宅近くに車を止め待つこと1時間半。やはり稲田は時間どおり午後10時30分にアコードに乗り西に向かい動き出した。国道1号線に出て、名古屋方面に疾走するグレーのアコード。スピードは約100キロ。私は全神経を集中して追った。国道23号線に乗り、名古屋市南区の星崎インターから名古屋高速へ。高速を降りたのは案の定、栄近くのインターだ。稲田は紺のブレザーを着込んだ。これがヤツの錦へ出勤するときの制服らしい。稲田のアコードはそのまま栄の松坂屋前まで出て、栄4丁目にある有料駐車場に入った。ここは真奈美さんと里香さんから聞いていた稲田がよく止める4つの駐車場の中のーつだ。
人りロ近くで待っていると、茶色の小さなポーチを持った稲田が出てきた。私も車から降り、気付かれないよう後をつける。これからどこに向かうのか。稲田は栄4丁目内をこまごま歩き回った後、ローソン女子大小路店の向かいにある郵便ポストの前で立ち止まった。ポーチのなかをゴソゴソしている。出すのか、ハガキを。果たして、稲田は私の見ている前でハガキをポストの中に投函した。やっぱりこいつだったのだ。稲田はこの後、何事もなかったかのようにその場を去り栄4丁目にあるLというパプの中に入っていった。2時間待っても出てこない。よほどご執心なのだろう。

そのうち店の界隈でうろつく私が今度は呼び込みの連中に不審に思われ始めた。仕方ない、今日はこの辺で退散することにしよう。帰り道、栄から安城までの所要時間を計ってみた。名古屋高速を使い、国道23号線を抜けるのが稲田の自宅まで帰る最短コース。ガラガラの深夜なら、きっかり30分だ。稲田は深夜2時ごろまで錦にいて、それから帰ってくるのだろう。よし、今度はビラを貼る現場を見てやるぞ。
4日後の6月28日。別件の取材で栄へ行った後、稲田を探して夜の繁華街を歩き回ってみた。通常なら稲田が錦に足を運び、出歩いている時間である。が、やはりそう簡単には見つからない。それならばと前回、稲田が駐車した近くまで行ってみたところ、なんと稲田のアコードがその近くのエンゼルブリッジの下に路駐されている。やっぱり今日も来ていたのだ。いずれ稲田はここに戻ってくる。私は深夜12時すぎからアコードの前で待った。が、この日の稲田はよほどご機嫌だったのか、深夜2時30分になっても戻ってこない。エンゼルブリッジの上から通り行く入々を注意深く見る。紺のブレザーにベージュのズボン。それが稲田のトレードマークだ。2時50分ごろ、その特徴どおりの男が栄4丁目から出てきた。稲田だ。間違いない。そのまま車の方へ戻って来るのだろう。と思いきや、まったく逆方向のバスターミナルの方へ向かって歩き出した。どこへ行くんだ。後を追ってみると、稲田はバスターミナルの手前でいったん立ち止まった。そして、ゴソゴソと茶色のポーチをあさるとやや腰をかがめ、バスの手すりに何かを貼りつけた。ビラだーついに見たぞ。興奮しながら、稲田が去った後すぐにその場所を確認してみる。

「援助交際OK。指名してネー真奈美さんの写真付き"ビラである(写真)。やっぱり、この男が犯人だったのだ。稲田は、その後も私に尾けられているとも知らず、道路標識、公園の壁と、手当たり次第にシールを貼っていった。ホームレスが寝ていてもお構いなし。公園を抜け、道路に戻り、支柱と支柱の間をすり抜けながらそのいずれにも貼るというワザを見せつけ、最後は公園の入り壁に5-6枚のシールを貼りつけ帰っていった。さて、どうやって引導を渡してやろうか。念には念を人れ、親しい愛知県警幹部にレクチャーを求めると、被害者が現場にいて、その場で被害申告してくれるのが最も理想的だという。私が取り押さえて警察に突き出すと、万が一、申告しなかった場合、逆に警察が違法な逮捕監禁罪で訴えられる可能性もあるというのだ。いろいろ注文が多いが、仕方ない。きっちり状況を整えてやろう。
6月30日。今日こそxデーにしてやる。タ方、私はスナックと、里香さんが働く居酒屋Tを訪問し、これまでの取材結果から稲田が犯人にちがいないことを報告。被害届を出す意思があることを確認した上で、店長には、今晩深夜に現場に呼び出す可能性があることを伝えた。一つの賭けだが、自信はある。今夜も必ず、稲田はビラを貼りにやって来る。私は午後10時30分から松坂屋前でグレーのアコードを待った。

ナンバーは「三河―××」。通り過ぎる車のナンバーを凝視し続ける。午後10時40分、見覚えのあるグレーのアコードが交差点に入ってきた。ウィンカーを出し、失速する車のナンバーは忘れようにも忘れられない番号。稲田だーヤッはやっぱり今日も日課どおりやって来たのだ。同じようにエンゼルブリッジの下に路駐。車から出てきた稲田を反対車線から見ていると、いつもの栄の方角ではなく逆の松坂屋つまり私が立っている方向に歩きだした。面は割れていないとはいえ、向かって来られるとさすがに緊張する。さて、今日はどう動くのか。信号待ちしている稲田を遠目に観察する。と、稲田はいきなりポーチに手を入れ、すぐそばにあった電柱にビラを貼りつけた。なんだと、来てすぐに貼るのもアリか。こうしちゃいられない。私は携帯から5とRの店長に電話を入れた。「稲田が現れました。すぐ来てください」
稲田を追尾しながら所在地を告げるが、この男、やはり2年間の熟練はハンパじゃない。物凄いスピードでそれは見事にビラを貼っていくのだ。このままじゃ見失いそうだ。必死になって追いかけるも、松坂屋の前を南進して、栄4丁目に入り、池田公園の近くまで追いかけたところでついに見失ってしまった。マズイ、これから店長が来るというのに、、

仕方なく前回と同じようにアコードの前で待機。通常なら稲田はまたここへ戻ってくるはずだ。稲田の行動パターンを信じて待つしかない。事情を店長らに話し、その場でで待つこと1時間半、店長から電話がかかってきた。

「店が終わりましたから、すぐそちらへ向かいます」1時45分、5の店長が到着。さっそく、車の中で打ち合わせる。「稲田は栄4丁目の方角から戻って来ます。その後、車に乗り込む前にまた必ずシールを貼るはずですから、そのときに」と、ここまで言ったとき、「アレ、稲田じゃないですか」と店長が前方を指差した。紺のブレザーにベージュのズボン。かつての常連客の姿を店長は一発で見抜いていた。

「そうです。いきますか」「いや、視界から消えるのを待ちましょう」

冷静な店長のことばに従い、しばらく様子を見ていると、稲田は案の定、すぐ車に戻らず大通り沿いを南に向かって歩き始めた。車から降りてその様子を陰から見守る店長と私。と、稲田はポーチに手を入れ、シールを脇の支柱などに貼り始めた。

「見ましたね」
見ました・・急いで携帯電話からRの店長に電話をかける。

「すぐ来てくださいー」当然、「わかった」と返ってくるものだと思っていた。が、彼の答は「忙しくてね」というノンキなものだった。さすがに私はキレた。

「アンタ、2年間も苦しんできたんだろ。そんなもん放っといて、早く来いよ」

私の剣幕に圧倒されたのか、「すぐ行5とRの店長。一方、5の店長はシールを貼りながら大通りを歩く稲田をジッと覗みつけている。そして、稲田が松坂屋近くまで来たところで「もう捕まえましょっ」と出た。

「いや、このまま公園に入って車まで戻ってくるはずです」

逃げられるとも思えなかったが、最後まで慎重にいかなければ。稲田はこちらに気づく様子も見せず公園の中に入った。
店長と私で挟み撃ちにする作戦だ。いよいよ稲田の最後だ。と、そこへRの店長から電話がかかってきた。

「矢場町まできた」「エンゼルブリッジの下ーもう捕まえる。稲田を追って、公園の入り口まで向かう。」と、そこにはすでに稲田の腕をつかんだ5店長が待っていた。私を見る稲田の目は不思議そうでもあり、怯えているようにも見える。

「店長、110番して」ちょうどそこへ、Rの店長も走ってきた。稲田を取り囲む3人の男。ヤツは完全に怯えている。

「えらい電話かかってきたわ」Rの店長が口火を切った。

「そ、そうですか・・」答える稲田。今さら殴って済む問題じゃないからな。きっちりケジメ取ったるわ。ま、覚悟しとけや「…わかりました」逃げる様子はない。観念しているのか、大人しく垂れている。

「何でこんなことやったんや」稲田がまいたビラを見せながら、私が聞く。

「この子らに恨みがあったのか」「いえ、何も・・」

「何もなかったら、こんなことせんやろ」

「すみません・・」真奈美さんや里香さんに聞いていたとおり、実に大人しくて小心な人物だ。「アンタはもっずっと張られとったんや」「そうですか・・」

「知らんのはアンタだけや」まもなくパトカーが現場に到着。3人の警官がスナック店長らに事情を聞き、稲田は1人の警官に脇を抱えられパトに乗せられた。気の抜けたような顔で、ポカンと口を開けている。さしずめ、放心状態といったところか。私はその場から真奈美さんと里香さんに連絡を入れた。

「ホントに捕まったのーウソじゃないよね」(真奈美さん)

「今からそこに行っても間に合いますか。ちょっと離れてるんだけど」(里香さん)

2年半も嫌がらせを続けた犯人はついに逮捕された。★翌日、Rと5の両店長立ち会いのもとで現場検証が行われた。私も中署に呼ばれた。「あなたがいなければ、事件は解決できなかった。ご協力に感謝します」担当の刑事は礼を言った。が、私にしてみれば空々しいことばにしか聞こえない。これまで何度も警察に助けを求めに行ったのだ。それをケンもホロロに追い返じたのは誰なんだ。仕方ないから私がやったのだ。今さらナニ言ってるんだ。しかも、話を聞けば、中署は「屋外広告条例違反」で稲田を送検しようとしていた。冗談じゃない。そんなションベン刑では被害者があまりに救われないではないか。私は改めて事件のあらましから被害規模をきっちり説明した。

刑事は「もう一度罪状を練り直す」といっていた。今思うに、稲田が真奈美さんにも里香さんにも「恨みはない」と言っていたのは本当だったのかもしれない。2人の相談相手でいるには、援交ビラをまき続けるしかなかった。そうすることで2人をつなぎ止められた。そう考えないと、稲田のやってきたことはあまりに、バカそのものだ。稲田が逮捕されて以来、イタズラの通販商品やハガキはピタリと止んでいる。